2016年10月1日土曜日

太陽の季節


※一部、歌詞を忘れてテキトーに歌ってます

とりあえず、少しだけ本音を書くと、ボクラッパーダケド最近しんどいです。泉まくらballoon的な嫉妬心がいい年齢になってもグワングワン広がって、僕のプールを汚染してくる。
別にメンがヘラヘラしてるってわけじゃないけど、僕の思う以上に僕の指針みたいなやつは曲がってきてんのかもねと目を細めたりする。吉祥寺駅前のバス停で待ち時間が二十分くらいあって、僕は僕のそういうモヤモヤしたやつとその時間を利用して向き合ってみてるわけ。
例えばね、第10回高校生ラップ選手権をようやく観た時のこと。二回戦のMC☆ニガリvsT-Pablowの一本目が一番好きな試合だったんだけど、判定の時の空気で“あれはMC BATTLEじゃない”っていう価値観もあるんだ!ってすげぇ衝撃を受けたんですよ。
言いたいことを言いたい時に言えるようなやつはそもそもラップもバトルもする必要もないし、観る必要もないでしょ?なんていう僕の指針が狂ってんだろうなって。
はっきり言ってこれはあの場面に対するディスでもクレームでもなんでもなくて、単純に“人の持ってる強さ”ってなんなんだろね?って感じたわけですよ。
あと、ラップ選手権とは関係なく、売れたくて頑張ってるラッパーは結構結果を出したりしてて、すげぇなぁって思う反面で自分がライター仕事しか最近してないことに反吐が出そうになる時もたまにあって。
多分、この気持ちはそのうちリリースされる新しいアルバムを経て少しずつ解消はされると思うけど。11月にも一つ発表があるし、とりあえず曲は作ってるしその作風は他の人らとは全然違う。だから、シーンにコミット出来ないけどそれでもまあそれなりの数の人に聞いて欲しいなって思ってる。
シーンとか気にしなくていいでしょ?バトルも別にいいでしょ?って思ってくれてるサイレントなマイノリティー様にお届け出来ればいいなと。

そんな僕も、強さっていう点では本当に強くなったと思う。
大学卒業仕立ての頃は自分の意見なんてまるで持てなかったし、言いたいことを言うのも有り得なかった。
言いたいことを言ってる人が怖くもあったし、怖く感じる人の前ではよく胃腸が傷んだ。
「何言ってんだこいつ?」って誤魔化しでも嘲る生意気さがあれば違ったんだろうけど、僕はかなり間に受けやすいタイプの人間で「そうですよね」と同調するだけのつまらない脳味噌を前髪で隠して暮らしていた。
真面目な事を真面目に話す人を冷やかす人が怖くて、同時に真面目過ぎちゃつまんないなって自分もいて、結局は自分の性格が悪いだけってことにしてそこに全部おさめてしまえいいって矛先をわざと自分に向けたりする。

バス停は結構混んでて、二、三十人くらいの列が歩道を占めている。僕は前から五人目くらいにいて、たまたまこの日に限ってイヤホンを家に忘れてきていた。
後ろの方から罵声みたいなのがずっと聞こえるなぁって無意識レベルで聞き流しながら、自分のラッパーとしての悩み相談みたいなのを自分自身に問いかけていたんだけど、その罵声はみるみる内に大きくなっていくわけ。
なんかおかしいよなって思って後ろを振り向いたら、列に並んでいたはずの人が半分くらいにごっそり減っていて、石原慎太郎みたいなお爺さんがずっと叫んでいたんですよ。
「おまえらほんとにアホンダラばっかりだな!どいつもこいつも。おい!スマホやめろ!おまえみたいな奴が誰と繋がれるってんだ?ほんとにバカだな!」って。
冷静になって周りを見たらスマホを持ってんのが、僕一人になっていて、さすがに空気読んでスマホをポケットに仕舞った。
だからこの文章は途中で途切れた。帰宅してから七割増くらいで加筆した。
これはじつに日本人らしい風景で、全員がそのお爺さんを完全に無視。
ところが、バス停とは関係のない通行人が一人、見るに見かねて注意してしまう。
それは全然注意になってなくて、ただの宣戦布告でしかなかったけど。
「さっきからうるせぇんだよ!クソジジイ!警察呼ぶぞコラ!」って。
通行人A、小太りの中年男性はすごい剣幕で怒鳴っていた。
んで、当人であるお爺さんはと言うと「おう、呼んでみろよ!おまえどこの誰だよ?どこの誰が口を利いてんだよ!!」とさらに大きい声で被せた。
「迷惑なんだよ!クソジジイ」と言い返すも途中で馬力がなくなってきて、結局その人はそそくさとどこかに消えてしまった。
そして、バス停に並んでいる人は全員完全に無視。
僕の真後ろにいた人たちがそれで並ぶのをやめたらしく、気付いたらそのお爺さんが僕の真後ろまで来ていた。
多分だけど、見た目と態度的にこの中だとお爺さんは僕のことが一番気に入らない存在だったと思う。

んで、強さの話に戻るけど。
一昔前の僕だったら、ディスクユニオンにでも向かって時間を潰して次のバスに乗ったと思う。
そして、「あのお爺さんおかしいよな?」って思うのではなく「自分がなんか悪いことしたんじゃないか?」と自信なく勘繰っていたと思うのだ。
だけど、今の僕には経験からくる余裕みたいなのがあって「こういう変なお爺さんいるんだなぁ」ってスルーできる本心が備わっていた。同時に、もし喧嘩を吹っかけられても冷静に周りの人たちの気持ちを代弁して、そのお爺さんを言葉だけでボコボコに出来ただろうなという妙な自信が僕を支えていた。
話しかけられなくても余裕だし、話しかけられても余裕。こんな気持ちはついこのあいだまで本当になかった。
「何言ってんだこいつ?」って嘲ることが可能になっていたわけなんです。
結果としてそのお爺さんはバスに乗る時にまた運転手と喧嘩を始める。
「どこまで乗りますか?」と運転手がお爺さんに聞く。
「〇〇団地だよ」
「それだと向こう車線のバスなので、このバスだと行かないですね」
「行けよ!」とお爺さん。

「行けよ!」ってその言葉が本当に羨ましくなるくらい強気で、僕は手を叩きたくなるくらい関心してしまった。
結局、その〇〇団地の近くの停留所で降りる事にしたらしく、お爺さんは同じバスに乗ってきたし、その後で特に事件も起きなかった。

そんなわけで僕は、強さってやつについて妙に考えされられた。
正しいか間違ってるかはどうでもよくて、その強さが詩を、歌詞を、リリックを、支えるんじゃないかな?って。
だから、楽曲だろうがバトルだろうがコラムだろうがブログだろうが、多少の強さを誇示して誇張していかないと伝わりすりゃしない。
例えば小藪さんがこのブログを読んで直にキレてきても(いや、全然ディスってないけどね)平気で立ってられる指針みたいなのが自然にあればいいんだと思う。
フリースタイルを全く練習しなくてもそれさえしっかりしてればそれはそれで強いラップなんだって、こんなスキル至上主義の状況だからこそ信じておく必要があるって。

変に捻くれないで真っ直ぐにそう思ってるだけでだいぶ違う。
とりあえず、一枚はアルバムのレコーディングが終わってるから、それを発売させて世の中に吐き出すまでは、もう少しだけ辛抱しようと思う。







2016年9月24日土曜日

もやもや

※僕の話は事実を誇張した上で成り立っている。

まだ僕が軽自動車を所有していた頃、車内では常にラップしていた。常にフリースタイルをしていた。
僕は一人きりで運転をしている時、ほぼほぼフリースタイルをしていたが、例外が二つだけあった。
一つ目は、柏市のタワレコかディスクユニオンへ行き、そこで買ったCDを聴く帰り道。
そして、二つ目は誰かと電話をしている時である。
当時はガラケー全盛の時代で、LINEなんてなかったから、長電話をするには金がかかった。
僕が年齢をとったからなのか、無料で通話できるようになったからなのかはわからないが、金がかからなくなると長電話そのものをしなくなった。
逆に当時は割と誰とでも長電話をした。人の顔を見て喋れない僕にとって、声だけの世界がちょうどよかったのかもしれない。
長電話をするきっかけも正直、よくわからない。道具的な用事があって電話したついであれもこれもとフリースタイルのように話題が出てきてしまうためだろうか。
長電話をする場所は決まって軽自動車の中だった。
通話をしながら運転をするのは違反だが、軽薄でモノの価値がよくわかってなかった当時の僕はあんまりそれを気にしていなかった。パトカーが見えたら膝下に電話を隠すくらいのもので、専用のイヤホンは買おうと思ってはいたけど、結局は金がなくて買わなかった。

千葉県の片田舎に住んでいたもんだから、千葉大学に進学した頭のいい地元の友人とはそれをきっかけにして二回くらいは長電話した。そして、二回くらいは遊びに行った。
そいつは、風俗店の味を覚え始めたらしく、下世話な話を下世話に聞こえない口調で話した。
中学の時からそうだったが、彼はあんまりスケベに見えないスケベだった。だから、彼がエロ本や官能小説を学校に持ち込んでも、彼の成年指定に対する態度と、教科書に対する態度があまりにも同列だからいやらしく見えないのである。
だから、風俗の話を始めたところで、奴はガールフレンドの話をするのと本当に変わらない温度になるのはわかっていた。
「やっぱり、おっぱいパブが一番いいっていう結論になった」
奴は大学論文のレジュメを説明するかのようなフラットな言い方で切り出した。
「やっぱりゴールまでいっちゃうと、気持ちが変わっちゃうんだよ。変わらない気持ちを最大限まで高めてそのまま帰るのが、一番幸せだって悟った」
僕は聞き上手な方じゃないけど、運転しながらだと妙に心地よく人の話が聞ける。
「例えばさ、嫌いじゃない人から告白されて付き合ったとする。付き合っていくに連れて嫌いになって別れたら悲しいじゃん。でも、嫌いじゃない人からの告白を断ったとするよ?したら、「あん時、付き合っておけばよかったなぁ」って物思いに耽る瞬間があると思うわけ。そういう時のもやもやってなんか幸せじゃない?」

じつはこの時、奴が言っていた事に僕は本人以上に共感していたと思う。
今もそれは継続中だけど、僕は風俗店にもキャバクラにも行った事がない。一回もない。
「俺は、おっぱいパブに行った事すらないっていうもやもやを持ち続けてる、最高に幸せな気分だ」
「いや、それは行った方がいいよ」
奴は、論理的な同調よりも、感情的な同情を優先しやがった。
「いや、だから行った事がない俺が、お前の行った話を聞いて、想像するわけ。それでよくない?一見よりも百聞を選ぶよ」
ちなみに僕は同じ理由でパスポートを持っていない。一度も外国に行った事がない。
「いやさ、おっぱいパブの帰り道のもやもやとさ、そのもやもやは違うと思うよ?おっぱいパブの帰り道のもやもやを体験してもらわないとさ。それに、俺はおっぱいパブ以外の風俗も体験してるわけ。体験した上でここに戻ってきてる。だから、もやもやの次元が違うはず!」
こんな風に変に頭のいい奴だから、僕は返す言葉がなくなって正直困った。
そもそも僕は議論が苦手なのである。




































「ごめんごめん、今パトカー通ってさ」
「なんかもやもやするなぁ、」






2016年9月20日火曜日

記録してないシリーズ

※基本的に僕の物語はフィクションです。


「だからね、ラッパーだからこそ自分の事をラップするべきじゃないと思うわけ」
僕は妻にそう言った。

僕には昔から結婚願望がなくて、何ていうか一つの諦めを表現する戯れ言として「俺はナンバーガールを好きな女としか結婚しない」と息巻いてきた。
その度に、ナンバーガールを知らない大学の連中にはポカンとされ、ナンバーガールを知ってる冴えない地元の男友達には「そんな女いねぇよ」と言われてきた。

今でこそ、東京で音楽活動をしているからこそナンバーガール好きな女性とたくさん知り合えたけど、僕が田舎で高校までくすぶった挙句に、理系の大学で音楽好きな人間を見つける事が出来なかったその道程にはナンバーガールを聴いてる人間が本当にいなかった。
ましてや、思春期から女子と喋るのが極端に下手になってしまったもんだから、仮にナンバーガール好きな女の子がいたとしても僕なんかが知り合えるはずがない。
せっかく、大学で女の子と少しずつ喋れるようになってきたのに、大学にもバイト先にもナンバーガールを知ってる女の子は一人もいなかった。
だから、僕は「ナンバーガールが好きな女じゃない結婚しない」と心に誓ったのである。
さっきも言ったが、これは「結婚なんか一生してやるもんか!」という諦観を格好よく言い直しただけのものだ。

ただ、人生、マジで何があるかわかんないもので、ひょんな事で今の妻と知り合う事になる。
この辺の馴れ初めに全然面白くないから割愛するけど、妻はいわゆるサブカル女子(死語)というやつだった。
僕の狭い狭い交友関係、カーストの低さから見た世界には、そんな子が一人もいなかった。
だから、サブカル女子ってのはメディアとインターネットがでっち上げた架空の存在だと思っていた。
そんな僕の妄想に反して、妻は出会ったその日に行ったカラオケで、いきなり銀杏BOYZの「べろちゅー」を歌い出した。
その時はぶっちゃけ、何かの夢かよ!と思って体中の痛い場所を数箇所、確認した。
妻がこの日、ナンバーガールを歌ってくれたら、死ぬかもしれない。僕はそう思った。
死ぬかもしれないと思った矢先に妻は「delayed brain」を入れた。
だから僕は死んだ。
まるで、モテキの藤くんだ。

ナンバーガールをカラオケで歌うなら、「透明少女」とか「鉄風、鋭くなって」とかが相場だと思っていた。というか、「透明少女」くらいしか選択肢ないでしょ、なんて思っていた。
もう完全に思考がモテキの藤くんである。

まあ、そんなこんなで僕は結婚に至る。

「だからね、ラッパーだからこそ自分の事をラップするべきじゃないと思うわけ」
僕は妻にそう言った。

「お前のラップなんかどうでもいいわ。お前は『マンガ道』や『アオイホノオ』や『僕の小規模な生活』みたい自伝的なラッパーの小説でも書いてろ」

妻はそう言いながら、シン・ゴジラの第二形態のフィギュアを色んな角度から眺めていた。



2016年9月17日土曜日

真夜中の爪切り


小学一年生か二年生くらいの頃だと思う。
僕には感情がなかった。
感情がなかったと書けばそれは言い過ぎだけど、何ていうか他人の感情を自分の事のように受け止めるのが下手だった。
その当時、僕が住んでいた借家は少しばかりだが、失敗していた。
トイレのドアと台所のドアが90度の角度で隣り合っていて、両方のドアを同時に開放できないのである。だから、台所のドアを開放するとトイレのドアは開かなくなり、トイレのドアを開放すると台所に行けなくなる。
これは今でも母親に「あの時は、」と皮肉を込めて言われるのだが、まあ母親のトイレ中に台所のドアを開けっ放しにしたまま、僕は居間でスーパーファミコンを始めてしまったのである。
台所のドアがきっちくりとトイレのドアの前に嵌って、内側から開けるのはどう考えても不可能だった。
当時は携帯電話なんてものはないから、もう声を出すしかない。母親が何度も繰り返し僕の名前を呼ぶ。
正直、あんまり覚えていないのだけど、僕はその母親の咆哮をまるで気に止めていなかったらしい。
完全に母の声を無視し、テレビゲームに熱中する。
しかも、僕はこの話の結末を知らない。
どうやって母がトイレから脱出し、妹と弟を保育園まで迎えに行ったのか、全く記憶にないのだ。(保育園よりも小学校の方が終わるのが早かった)

僕はあんまり感情を表に出すタイプの子どもではなかったし、冒頭で書いたようにひょっとすると本当に感情が無かったのかもしれない。
僕が3歳の時に妹が生まれ、僕は母が入院したその夜からずっと一人で寝ている。特に寂しいとか感じた記憶はないし、むしろ誰かと同じ布団で眠るのが苦手だったんだと思う。
僕は幸いな事に結婚をしているが、妻とは寝室が別々である。
真夜中のトイレに行くのも、苦心した記憶がない。祖母の家のトイレが屋外にあるボットン便所ってやつで、さすがに夜中にそこへ行くのは怖かったが、それはボットン便所の中に落ちてしまう事への恐怖だったと思う。

とにかく、妙に無関心な子どもだった。興味を持たないものは、手付かずのぬり絵帳のように真っ白だった。
爪切りと耳掻きを他人にやってもらうのが苦手で、小学校に入ったくらいから一人でやるようになった。
特に爪切りは、絶対に自分でやらないと気がすまなかった。それには理由があって、僕は生まれつき爪の形が人と違っていて、爪の裏に皮膚がアメーバのように伸びて付いてきているのである。なので、それを理解していない人が僕の爪を切ると、僕は皮膚を切られた状態になり悶絶するのである。
僕が思春期にギターを弾く前に挫折したのはこのためだ。深爪が出来ない指先の形が、綺麗だなんて言われる事が多かったけど、なんとも思わなかった。

「爪は朝に切れ」と母が僕によく言った。
月曜日の朝である。
僕は眠いから、それを嫌がった。
日曜日の夜に切ろうとすると今度は母がそれを嫌がった。
「親の死に目に会えなくなるぞ」と母は言ったが、当時の僕はその意味がわからず聞き流していた。
「オヤノシニメ」というワードがすんなり脳に入ってこなかったんだと思う。
ただ、無関心ながらに恐怖を感じたのはよーく覚えてる。
夜に爪を切ったらどうなるか、試してみたくなるのが子ども心だ。
それはまるでバタフライエフェクトの如く、世界に何らかの影響を与えるのかもだなんて思ったり思わなかったり。
ただ、まだ世界の因果律を知らない僕にすれば、ルールも知らないものをいきなり試すのはさすがに怖すぎる。だから、爪を切らずに爪切りを眺める所から始まった。真夜中に。

二段ベッドの上の段に寝ていた僕は、枕元の読書灯の下に爪切りを置き、ただただそれを眺めていた。
十二時を回るまで頑張ろうとするも、絶対にその前に眠ってしまう。というか十時が限界だった。
真夜中、トイレのために起きる際も爪切りに目をやる。夜の爪切りにはきっと何か秘密があるに違いない。そんな妄想が当時の僕を文字通り夢中にさせた。
小指の爪だけでも切ってみようかと思い立ったものの、下の段では家族が寝ていて、爪切りが立てるパチンという音がこの静寂に不釣り合いに残響するであろう事を安易に想像出来た。きっと、あの音一つでみんなを起こしてしまうだろう。それに僕の爪は他の人のそれよりも硬く、その分パチンの音量が大きいのも自覚していた。

僕があまりにも爪切りに執着しているもんだから、親からすればオモチャを一つ与えたような気分になったらしく、特に何も言っては来なかった。
僕は基本的に大人しい子どもだったから、その大人しい子どもが何かに夢中になってくれてるだけで、仕事が一個減るのである。だから、妹と弟の相手に集中出来る。
1週間くらいで飽きるだろうなと自分でも思っていたけど、カレンダーをめくる毎に増していくのは「夜に爪を切ったらどうなる?」っていう好奇心だけだった。
夜に爪を切ったら何かしら悪い事が起きる、それくらいの認識だったけどその何かしらが気になってしょうがなかった。
「オヤノシニメ」という言葉を理解しないで適当に聞き流していたから、不謹慎さとかの類の感情は持ち合わせていなかった。感情自体があったかどうか怪しいが。

子どもってのは自分ルールみたいなのがじつに適当で、非論理的な生き物である。
ある日、急に「足の指の爪だったら別にいいんじゃね?」と思い立ち、その夜爪切りを片手にそそくさとトイレに入った。
電気のついていないぼやけた台所を抜け、何とか生活の勘でトイレに辿り着く。パチンと鳴ってもまあ大丈夫だろう。
そして、洋式便器に座った僕は右脚の親指を引っ張り硬い体に近付けた。

パチン。

こんな風に何も起きないって事を実体験として重ねていき大人になるのだ。と何処か冷めた気持ちで独白しながら、したくもない小便をしてアリバイのようにそれを流した。
寝室に戻ろうとトイレのドアを押してみる。

開かないのである。

台所を通る時に何かにぶつかったような気はしていたが、偶然にも台所のドアがトイレのドアに重なるように絶妙なスピードで僕を閉じ込めたのだった。
そして、僕が優先させたのは物音を立てない事だった。親を起こすという選択肢がなかった。他人の手を煩わせるのが凄く億劫だと感じるのはじつは今も変わっていない。
どうやってトイレから出るか、それをあんまり考える気がなかった。時計もないからどれくらい時間が経ったかわからない。
ドアをガンガン叩いて親を起こすのは僕的にナンセンスな行為だけど、ちびちびと爪を切ってその度に鳴るパチンという音がたまたま母親の耳に届くというプロセスは有りだと思った。その二つにどんな差があるのか、言葉にしづらいがたまたま起きてくれるくらいが一番いいなと思っていた。

それから、僕はすべての指の爪を切り終わり、妙にスッキリした気分で座り込んでいた。
あんまり物音を立てないようにドアの隙間から指を出して、台所のドアに触れてみた。
中指を引っ掛けて閉まる方向に力を入れたら、なんか笑っちまうくらい簡単にドアが定位置に戻った。
最初からこうすればよかった。
僕は自分の諦めの速さを嘲った。

翌晩、僕は急にコツを掴んだらしく口笛の吹き方を習得した。
諦めずに吹き続けたのが幸いしたらしい。
音程の操作は出来ないが、音が出るというだけでやり遂げた気分になった。
そんな僕に母親はこう言った。
「夜に口笛を吹くと蛇が出るからやめなさい」




2016年7月17日日曜日

修飾活動

ワケあって、自分の事をもっと整理して見つめ直す必要があるなと思い、放置していたブログにでもそれを綴ってみようと到りました。暇な人はそんな僕の“作業”に付き合ってくれればありがたいな勝手に願っています。
テレビゲームをやってる友達をずっと見ていた側だった僕ですが、今回は僕がやってるこのロールプレイグなのかサウンドノベルなのか判別のつかないゲームを、優しい目で余計な口出しをせずに見守ってくれたらありがたいなと思います。

僕は言いたい事が言えない人間です。まあ、これは普通だと思います。
一般的な日本人らしい価値観だと思います。
僕はラップをすると言いたい事も言いたくない事も全部言ってしまう人間です。というか、下手したらラップでしか言いたい事が言えないのかもしれません。

たまちゃんっていう僕が大好きな先輩ラッパーがいるんですけど、最近のバトルしか知らない人は押忍マンさんのアルバムに客演したりしてるから聴いてみてください、格好いいです。そんなたまちゃんに千円貸した事があるんです。
そのあと、何回か一緒に遊んだんですけど、全く返す素振りがないので、まあ千円っぽっちだから忘れてるんだろうと僕は特に何も言わずにいました。
したら、とある小規模なMCバトルで、たまたま、たまちゃんと一回戦でいきなり当たったんです。
もう察しはつくと思うんですが、自分でもそこまで千円に執着してなかったはずなのに、「あの時の千円、いつになったら返すんだ?」とまあ先輩相手に酷い口調でラップしていました。
試合は僕の圧勝。
終わった後にたまちゃんが苦笑いしながら「返すよ!」って千円くれたのはいい思い出です。

常に奥歯に何かが詰まったようにして生きているわけじゃないんですが、MCバトル中に言うことがなくて困ったりしたら、奥歯の後ろを舌でなぞると何かしら出てくるって感じだと思います。汚いですね。

僕はこう見えて、大学生の頃は友達がたくさんいたんですよ。
理系の大学だったから、みんな一致団結して単位を取らないとヤバイってのもあったんですが、共同生活に近い感じで結構人といる時間が多かったと思います。
特別、趣味の合う人はいなかったんですが、逆に“普通の大学生は”こうやって遊んだりするんだって結構、達観したり馬鹿にしたりしないで普通にみんなすげぇなって思って酒を飲んだりしていました。
卒業して、しばらくすると世の中は、LINEをやってて当たり前の世界に変わっていきました。
僕はグループメールなるものがとても嫌いで、メールくらい一対一でやらせてよと思うのですが、やはり誰かの結婚式とかあったりするとグループメールが非常に便利らしく、3回くらいiPhoneなのに「俺、ガラケーだから」って嘘をついて断っていましたが、ついに2年前に観念して、LINEを登録しました。
基本的に僕はDOTAMAさんとしかLINEをしないのですが(なんか気持ち悪いですね)、たまに誰かが結婚したりするとLINEのメッセージの数が急に膨れ上がるのです。

そして、これが僕の最大の悩みなのですが、大学のLINEグループは12人いて、ほぼ毎月誰かの誕生日がやってくるんですよ。
その誕生日のたびに、おめでとうだのスタンプだので、画面が埋まっていくんですよ。
僕はグループメールだと人見知りが強くなってしまって、おめでとうすら言えません。
既読して、心の中でおめでとうと言っておしまいです。

ただ、僕が胸を痛めているのはそんな事じゃありません。
コンスタントに誰かの誕生日のたびに誰かが「◯◯誕生日おめでとー」とメッセージを入れるのですが。


僕の誕生日の時だけ、だーれもなーんにもしません。
2年連続で。

多分だけどそこで
「俺の誕生日、誰か祝えよ!!!」ってツッコミを入れれば済む話なんですが、なんせしばらく会ってない大学の友人なので、周波数の合わせ方が文字の世界じゃわからなくて、完全に人見知り。
タイマンだったら多分大丈夫なのですが、グループだと無理。

だから、僕は自分の誕生日をスルーされている事を言いません。
いや、言えません。

今、ラップが流行ってて、一般的な人にもそのブームが近付いています。
その大学の友人らの中にもフリースタイルラップを今から始める奴が出てくるかもしません。

その時は覚悟しとけよ、マザー◯ッカー。

とまあ、僕はそういうタイプの人間です。
自分ではかなり普通の人間だと思っています。

あー、リアルが充実するぜー。

2016年2月26日金曜日

ツイッターのつぶやきをそのままタイトルにして文章を書くとライトノベルみたいになる

ブログを更新しようなんて思い立ってみても、エレベーターの中で二人きりになったみたいに何を喋ったらいいかわからなくなる。
エレベーターなんて1分もかからずに開くんだから、無理して喋る必要もないんだけど、「いい天気ですねぇ」ぐらいの事は挨拶程度に言っといた方がいいかななんて思ったりする。

エレベーターの中の短さは、ブログを書く事に適していない。
エレベーターの中の短さは、むしろツイッターに近い。
ビルの一階から四階くらいまでの間に呟ける程度の事を書く。

ブログを更新する時のヒントはそれだった。

僕は自分のツイッターを見返してみる。
例えば、「初めて入ったラーメン屋で「オススメはなんですか?」って聞いたらシカトされた」というツイートがある。

このツイート自体をタイトルに冠してブログを書いたら、ただのツイートがまるでライトノベルのように化けるのではないだろうか?

そんな事を思い付いたわけだ。

『初めて入ったラーメン屋で「オススメはなんですか?」って聞いたらシカトされた』

最近、僕は引っ越した。
引っ越し先のアパートには偶然にも美少女ばかりが住んでいる。なんて事は一切なく、むしろ老人ばかりである。
自分が引っ越したアパートの最寄駅名をグーグルに入力すると、スペースを空けて「ラーメン」と出てくる。
これは何処の駅名を入力しても大体そうだ。
池袋なら「池袋 ラーメン」
吉祥寺なら「吉祥寺 ラーメン」
と言った具合に地名の先にはラーメンが待っている。

僕の家の近くにはラーメン屋が一軒ある。
味がおそらく大衆的であろう大っぴらな感じの店で、あんまり入る気にはなれない感じの店だ。
ツイッターに例えるなら、自分を褒めてるツイートをリツイートしまくってるようなラーメン屋だ。

結論から言うとその店にはまだ入っていない。

じつは、僕の家の近くにはもう一軒ラーメン屋があったのだ。
それは、居酒屋と居酒屋の間に挟まれて入り口がとても分かりづらいため、引っ越してから一ヶ月くらい経ってからようやく存在に気付いた店なのだ。
ツイッターに例えるなら、ツイッターをやってなさそうなラーメン屋だ。

僕は後者の存在感のないラーメン屋に興味を持ったので、休日の足を運べそうなタイミングで、その店に向かった。

ちなみにグーグルでその店の情報を調べようと思ってはいたけど、面倒になって結局は調べなかった。

僕は、宣伝上手な店よりも、ひっそりとした店を選ぶけど、初めて入る飲食店では、捻くれずに“オススメ”を注文する事にしてる。
その店が一番自信を持ってるやつを食べる。
これはなんでかと言うと、味噌ラーメンが有名な地元のラーメン屋に父親と一緒に行った際に、そこでザル中華を頼んだら、こっ酷く父親に叱られた事があったからである。
それ以来、餅屋の餅を食うように気を付けてしまう身体になってしまったわけだ。

そんなわけで、影の薄い方のラーメン屋に入っていく。

はっきり言って店内は普通である。

カウンター席しかなくて、十人も入れない店だ。

ここからはタイトル通り、店主にオススメを聞いたら見事に無視された。
僕は普段、割とボソボソ喋るから、この時ばかりは割と声を張ってみたというのにこの有様である。
勝手に夫婦で経営していると決めつけるとして、奥さんらしき人が注文を聞きに来たので、店主は無口な設定なのかもしれない。

ちなみにどうでもいいけど、店主は仕事をしながら、500mlの紙パックにストローを差してカフェオレを飲んでいた。
一応、気を遣って冷蔵庫を開け、その内側に隠れて飲んでいたけど、完全に丸見えだった。
そして、カフェオレを飲んでいる人を見ながらラーメンを食べると、頭の中で味がこんがらがるという事がわかった。
ラーメンを食べている間は、水を飲んでいる人を見たいなと思った。
つまり、どうでもいいけど、と言ったけど、やっぱりどうでもよくない事だった。

ちなみに、一番オススメっぽい味噌ラーメンを食べたけど、普通だった。
二番目にオススメっぽい担々麺の方が明らかに美味そうだった。

担々麺を食べながら、カフェオレを飲んでいる人を眺めたら、ますます脳内で味という概念がおかしくなりそうだけど。

やれやれ。





という具合に、ただの呟きがそんなに労力を割かなくても、オチまでの道筋がすでにあるから、書くのが楽だし、たぶん読む人もライトノベルみたいに読みやすいだろう!という見解である。

エレベーターが一階から四階まで上がる間に伝えられる情報は限られているが、まあ、今回は問題無い。
エレベーターが止まっているのだから。

やれやれ。

2016年1月31日日曜日

一月の現状

タイトル:『さっき初めて会った人の結婚式の祝辞』
作詞:母野宮子
作曲:Climenote
編曲:Climenote
ラップ:ハハノシキュウ

ウェディングドレスを着たままで食べるカレーうどんの味、本当価値あると思うんだ。
僕の預金現金より触れたくなるようなプレシャスな夜だからこそ僕のスピーチが輝く。
「旧い友人よ、僕は新しい友人だ」
これは人生最高の結婚式のスピーチの友人代理を募集する求人だ。

嫌いな人に嫌いと言うと涙が出ちゃうんだろう。
ドリカムかき鳴らすジゴロ。人の不幸を祝うのは飽きた。
親戚のガキが溢したキャビア。
おめでたいという点に関して頭も心もほぼほぼ一緒だって明後日が言うのさって。
お花畑は誰にも見えないと同時にお花畑には誰もいない。
結婚式のスピーチには怒りが必要だ。
僕はどんなスピーチにだって間に合わせれる。
初夜となれば寝れる。羊を数えなくても睡眠を得れる。
愛でるべき親しい友人代表代理祝辞。
つまり二人深み増して今だけはね幸せだって今日は昼夜
皮肉のリブのウェルダン喰うが消化不良だ。
幸か不幸かどうか生涯メシ残すな的な教科書だ。
走馬燈のような女神、手書き手紙願い込めた。
ブーケが取れた棘が大怪我させた派手な女がスピーチを始める。
それにしても新婦の親友の祝辞ときたら、
問い掛けるような文章を用意してるのにどうして棒読みなんでしょうか?
僕の心は腐ってるまるでロボットみたいにエモーショナルな春だからさ。
から騒ぎの成れの果ては名前を絡めたケーキを並べた。
腹減ったから得たパラメーター笑えない。
さっき初めて会った君はどうして僕なんかにスピーチを頼んだんだ。
社会的に地に足が付いてないとテーブルクロス引きは盛り上がらない。
ケーキもワインも愛もカレーうどんもひっくり返らない。
たかだか一回聞いたぐらいで意味がわかる結婚式の祝辞をする気なんて僕には最初からないんだよ。

祝辞が終わり食事が始まりさっきまで新郎が座っていた席に戻り。
自分の健忘気味の結婚式の祝辞をさっき初めて会ったばかりの自分に頼み込み。
タキシードのシミに気付くこの意味深。カレーうどんの汚れを横目に立ち上がり。
さて今度は会ったことすらない人の葬式の弔辞をやらないといけないから悪い。


先を急ごうか。






ライターとして デビューしました。



そして、ライターとして連載のお仕事をいただきました。







ハハノシキュウ×オガワコウイチ feat.8mm(ハチミリ)/センチメンタル @韻果MATSURI Vol.10

センチメンタル

作詞:母野宮子
作曲:小川晃一
編曲:小川晃一

揺らいだ影の描くたわいもない小さな物語
繋いた事のない手はほどけはしない
センチな気持ちにはまだなれないな
あと2ミリただ、あと2ミリ近ければ

切なさにすら辿り着けない
季節やら絆、名残り 
揺れないブランコから靴を飛ばし
不安のままいつの間に
地面に描いたボーダーライン
2ミリ足りなくて越えられない
切ない気持ちになれそうなのに
飛ばした靴を取りに行く遊び
気持ちに勝手に名前を付けて
おんなじ気持ちを共有しても
コンマ2センチは足りなくなるよ
こんなイメージ、ゴミ箱にあるよ
あともう少しで青い冬が終わる
跡を残して夕方の裏
夜になる前に家に帰るけど
夜になったらどうなっちゃうんだろう

繋いた事のない手はほどけはしない
センチな気持ちにはまだなれないな
あと2ミリ、ただ、あと2ミリ近ければ

ベッドに入ったまんまで電気を
消そうして手を伸ばすけど
垂れた紐に手が届かなくて
寒さを堪えて身体を起こす
2ミリ足りなくて電気を消せない
携帯電話を手から離せない
とっくに暦は夏だというのに
青い冬だ、仰いだまま
気持ちに勝手に名前を付けて
おんなじ気持ちを共有しても
コンマ2センチは足りなくなるよ
こんなイメージ ゴミ箱にあるよ
電話が鳴る
バレないように家から出る
家に帰る前に夜になるけど
家に帰ったらどうなっちゃうんだろう

コンビニの光を目印にゆっくりと歩み寄ってく
コンクリート踏みしめたら遠くまで行こう
夜に

昨日と今日のちょうど境い目
時計の針 みたいに寄り添う
寄り添うけれど触れてはいない
触れていないけど揺れてはいる
ノスタルジーに火を点ける公園
なんか悪い事しているみたいだ
二つのブランコ 触れない距離感
咳き込んじゃって「ああ、格好悪い」
気持ちに勝手に名前を付けて
おんなじ気持ちを共有しても
コンマ2センチは足りなくなるよ
こんなイメージ ゴミ箱にあるよ
繋いだ事ない二人の手は
繋いだ事ないからほどけない
朝になる前に家に帰るけど
朝になったらどうなっちゃうんだろう