2011年10月22日土曜日

自分以外の事は考えられない

だいたいどうしてこうも僕は気分が悪くなったり堕ちたりしなくてはならないのだろう。なんて思えば思う程、キリがないし、どう考えたって、自分の事、自分について、自意識とか、そういう方向にばかり思考が動いてしまう。救いがない。そういう卑屈さの中で面白い事ばっか探してるけど、はっきり言ってそれじゃあ人には好かれない。と同時に嫌われても別にいいやって感じでもない。というか普通に傷つくし普通に病むし普通に痛いから僕は普通の人なわけで、もの凄く唐突に本題に入ると、本題なんかない。つまり、存在しないものの中に入っていく話になる。僕はだいたい22才を過ぎたあたりから【自覚】ってやつを意識しないといけないんだなと思い始めた。たぶんだけど、たいていの人は何かしら境遇によって【自覚】しなきゃいけないようになる。それが最近面倒臭くて吐きそうになる。別に【自覚】なんかしなくてもいいじゃないか。って。【自覚】しようとして努力すれば今度は【自己批評】できるようにならないといかんなんて馬鹿な事を考え始める。何が面白いかをわかってないと漫才などできないと言うけど、そういうのが最近怠い。【自覚】の旅はおしまい。疲れる。僕はろくな人間じゃないと言いながら割と人並み程度にはやる事やるようにしてるし、はっきりそんなにカスじゃないと思う。とか、そういう【自覚】はいらない。僕は僕が誰でもいいように過ごしたい。どのパソコンからでもメールボックスが開けるみたいに。なんとなくラップしている僕は、歌詞の中の【僕】という人物を固定していない。つまり、別に誰でもいいから便宜的に【僕】を置いているだけ。とは言っても例とかを出せるほどに曲なんか作ってないし、やっぱ自意識過剰だ。思い返すと思い返した分だけ病む。なんかよくない。自意識の垂れ流しはよくない。それを【自覚】するのはもっとよくない。人に他人に相手に誰かに何かを【自覚】してほしい時に、遠回しに言っちゃう時ってあるでしょ。自分ってそれを人に言われてるのを気付かないまま生きてるからね。めだかボックスってマンガに出てくる過負荷みたいな事ばっか言ってるけど、西尾維新の影響なんか受けちゃって痛々しいとか思われてるのかしらとか【自覚】すんのもマジでしんどいし、どっちかっていうと佐藤友哉の影響だな、ウザったい感じが。とにかくこれは素直に人と話せる代わりに性根が素直じゃないから嫌な感じばっか人に与えてて僕は嫌われてるんだよねって話である。精神衛生不潔である。言葉はクソだ。流さないと。