2012年1月2日月曜日

この世のすべての元カレと元カノの代理戦争

元カレも元カノも下手くそな暗喩だ。だからと言って何かを強調して言いたいわけではないのだけど、自分の手から離れたものに対して【代わり】って感覚で何かを手にするのがとにかく僕は好きじゃない。去年の代わりに今年があるなんて思ってる人はそんなにいないとは思うけど、今年も去年と同じように新年の挨拶をするのかと思うとその繰り返しが何かの代わりにすら見えてくる。
僕は新年を迎えて2012年になってからまだ『あけましておめでとう』と誰にも言っていない。おめでたいのかおめでたくないのか正直わからないからだ。それでも、僕はどちらかというと世間に合わせてエキストラになろうとするタイプの人間だから、あんまりひねくれた行動はしないようにしようと考えている。というか、僕は周りが世間がツイッターがテレビが、『おめでとう!』なんて去年と同じように言うとは思っていなかった。むしろ、気軽に『おめでとう』なんて口にしたら日本人独特の気まずい空気の一筆書きになると予測していた。だから、僕からは『おめでとう』なんて言わないと決めていた。これは僕の意思というよりは世間の意識に合わせたと言った方がいい。最近読んでる本に習って言えば、一般意志に合わせていた。
僕自身、地震で多くの人が亡くなったからどうのこうのって色々、考えちゃう程に心が豊かな方じゃない。節電も募金もボランティアも意識的にしていない程度の人間だ。(ニュースを見て心を何度も痛めたけど、自分から積極的に何かをしよう!って気分になれなかった)
何かをしようって意志ばかりだと道路が混雑する気がして、だったら僕は何か余計な事をしないようにしようと思っている。僕が余計な事をするとろくな事にならないのは自分で一番知っている。今年は僕にとってネガティブでとってつけたような言い訳の多い年になると思う。まず、最初の目標も【言い訳をしない】という、【何かをする】と逆の文脈だ。僕はそんな今年を【代わりがいない】そんな年にしたい。バイトの代わりが見つからなくて休めないような、そんな一年にするために出兵したい。
ちなみに再来年は誰でも代わりが務まるようなソフトウェアみたいな年になればいいなと漠然と考えているが、これに関しては一年過ぎてみないとわからない。
あと、僕は『何もしない』って口で散々言いながら『何かする』のが好きだ。逆に『テスト勉強したよ』ってテスト前に言うのが凄く嫌だから。
たぶん、こんな風に先の事を考えていられるだけ僕は【おめでたい奴】なんだと思う。
おめでたいかどうかはさておき、あけましたね!今年もよろしくお願いします。