2012年2月21日火曜日

【ストッキング】と【東京】

無作為に名詞を二つ選んだ上で僕はそれを主題にして【文章】を書く事にした。脳味噌を最近ぜんぜん使えていないから少しばかりそいつを回転させないといけないのだ。というか、僕はこう見えても電車の中でこの世の終わりみたいな歯軋りを始めてしまいそうな気分なんだ。

ダルダルの【ストッキング】を履いた中年OLの脚が目に入った。その瞬間に、シャッフル状態の僕のi-Podから『Road Novel/Eccy feat.清野栄一』が流れて、その曲のドラムの入りと同時にボーカルが【東京】と言ったのが綺麗に重なった。
そんな安直な理由から僕は【ストッキング】と【東京】の話を始める事にした。

僕は仕事というものがどうにもこうにも苦手で、いや正確にはそこまで苦手ではないのだけど、コミュニケーションをとるのが苦手で、仕事だからと割り切ってなんとか『~ですよね?』みたいな話し方を始めるけど、途中でいつも心が途切れそうになる。はっきり言って心持ちは朗らかではない。
【パンティーストッキング】を略して【パンスト】を呼ぶみたいに、【東京ストッキング】を最近は【東スト】と【東スポ】みたいな発音で呼んでいるのだけど、電車の中でこの世の終わりみたいな歯軋りをしてしまいそうな時はどうしてもそんな【東スト】を喰いたくなる。
【東スト】を喰ったら気分が安らいで、パラノってる神経が阿呆らしく感じるから、すごくいいんだけど、【東スト】ばっかり喰ってるとさすがに飽きるし、僕はなんだかんだで【東スト】を喰い過ぎてる。これじゃ、元気が見込めないかもしれない。仕事で使った脳味噌が油の切れた自転車みたいになっている。使い方がよくないからそうなっているんだろうなと思う。もういいだろってほどに思う。どうやら【仕事観】が持てていないらしい。じゃあ、【東スト観】はあるのか?って自問自答してみても、明白な答えが出ない。つまり、僕は思惟の浅い人間だ。
『仕事ってのはこういうものだ』とはっきり言える感覚(人それぞれだけど)が必要な気がする。
だけど『【東スト】ってのはこういうものだ』とはっきり言える感覚は別に必要じゃないし、そういう感覚は無自覚でもいいような気もする。
だから、僕は今日も仕事がよくわからないままで、【東スト】が何なのかもよくわからないままで、脳味噌の使い方がいかにしてよくないのかを振り返ってるわけだ。