2012年8月11日土曜日

運命の赤い人

生まれつき運命の赤い人が見えるという病気を患っている僕の事を羨ましいなんて言う糸がいたりするけど、結局は病気なんだから健康になりたいと思うのが普通だろう。
ネガティブにもポジティブにも他の糸と違うという事は病気なのだから、生まれつき病気だって言われて生きてきた僕からすれば他の糸と同じという事には大きな憧れがある。
それに運命の赤い人が見えるなんて話を他の糸にすると決まって『俺の運命の赤い人を教えてくれよ』なんて言われる。
無遠慮にはっきり【運命】と言い切るくらいだから、その糸の未来を完全に暗示しているわけで、それを本人に教えてしまう事が正しいのかどうか、未だにわからないでいる。
僕は答える。『この学校には君の運命の赤い人はいないみたいだ。おそらくまだ出会っていないんだろう。まあ、はっきり言って今からもう運命の赤い人が近くにいるなんて、有り得ない。有り得ないわけじゃないけど、そんな事は現実的に言ってなかなかない』これは本音だし嘘は言ってない。
でも、実際、同じ教室の中に赤く見える人が何組かいる。
糸として、人と人とを繋がなきゃいけない気持ちはわかるけど、圧倒的に正しい糸だけじゃ息苦しいと僕は思う。
糸が『運命の赤い人』を教えて欲しがっている。教える必要はあるのだろうか。
正しい運命しか、正しい繋がりしか知らない病気なんて、実際になった身じゃないとわからないだろう。
みんなのやっている事は圧倒的に無意味だ。
その無意味さを僕は知っている。この圧倒的な無意味さを知らない事が幸せだ、健康だ。僕はそう思う。
最初から人には糸なんて見えていないのだから。