2013年2月26日火曜日

同じ爪切りで切っていた

ファミレスの厨房でバイトしていた時から思っていた事がある。食材が毎日決まった時間に配送されてくるのを、冷蔵庫と冷凍庫の定位置に入れて、発注通りの数が届いたかどうかを検品した後に、明日の分を計算して発注するという簡単な作業だ。
新しい食材を入れる時に僕は思う。必ず古い食材を手前に持ってきて順番通りに使えるように並べ替えるのが、なんでなのかわからないが死ぬほど面倒臭い。従順に考えれば当たり前の事だし、というかとても理に叶ってる。期限が近いものから消費した方がいい。奥にあったものを手前にわざわざ持ってきて、新しいものを奥に入れる。この簡単な行程が面倒臭すぎて、投げ出したくなる。過去に投げ出した事もある。冷蔵ものはさすがに順番通りに使えるように並べ替えたけど、冷凍ものは別に大丈夫だろって適当に。
思い出すだけで面倒臭い。
こういうのが、苦手。こういうの、って、他にどういう例があるのかうまく説明できないけど、本当に性に合わない。
たぶんだけど、ここにこだわれる人は仕事ができる人だと思う。仕事ができるというよりは信用されると言った方がいいかもしれない。
通ってた高校が進学校じゃなかったから定期テストが勉強すれば、いや、出題範囲を暗記すれば、化学だろうと数学だろうと応用をきかせないで満点が取れるような、そんな難易度だったのだけど、僕は最後まで100点が取れなかった。とりあえず、覚えるだけ覚えて最後まで詰めない。99点ばっかりの時もあった。
なんかもう面倒臭い。そこまで詰めなくてもいいでしょ?って気持ちがあるのだろう。完璧を目指すのが辛い。
あらゆるマイナス要素を想定して、柔軟に対応できるように管理できている人を尊敬する。
僕はそういう意味ですごくポジティブな人間だ。そこまでしなくてもいいでしょ?っていう根拠のない楽観。
本当に面倒臭い。

ブログを更新する時に誤字脱字を確認したり添削するのをやめた。
別にそのままで、いいんじゃないかなって読み返さなくなった。読み返すという作業が嫌だからだ。
詰めていく事が好きで、いくらでも時間をかけてこだわれる人が羨ましい。
詰めが甘いなら切ってしまえばいいのか。夜に。

2013年2月23日土曜日

イベント白痴


2013.02.24 (Sun) 頭頭 presents『弔い』


明日です。

タイムテーブル公開します。

19:00-DJ アベトモナリ
19:30-ハハノシキュウ
20:00-conductorAMOEBA
20:20-あべともなり
20:30-人形劇団 銀座擬人座SOUNDSYSTEM(クラモトイッセイ+酒井泰明 from moools)
21:00-頭頭
21:45-DJ 8849

2013.02.24 (Sun) 
@落合soup
http://ochiaisoup.tumblr.com/

=LIVE=
■頭頭
■conductorAMOEBA
■ハハノシキュウ
■あべともなり
■人形劇団 銀座擬人座SOUNDSYSTEM(クラモトイッセイ+酒井泰明 from moools)

adv/door \1,500 (+ 1drink)

open / start  19:00 / 19:30

MAIL: TOZU2013 [アットマーク] gmail.com

-profiles-

■【頭頭】
image
[音]
クエーサーアメーバ
[声]
アベトモナリ、
クラモトイッセイ
ハハノシキュウ
の4人よって2013年結成。
このグループを強引にジャンルという枠に当てはめるとするならば、きっと貴方も「ラブソング」という言葉以外見つけられないだろう。
しかし彼らのラブソングは愛などの狭義ではなく、
全生命に贈られる至極の贈物である。
http://soundcloud.com/TO_ZU_officia


*【クエーサーアメーバ】
はじめに
彼の謙虚な意志を尊重するために、
あくまで噂だと言う事を前提に記述する。
その謙虚さは、
ある功績が認められた幼少期に
約200箇国からの紙幣肖像の要請を
断った事からも垣間見える。
それこそが平和活動家としての
公式キャリアの始まりとなるわけだが、
数々の功績(Excel 420GB)や
毎年恒例となったノーベル平和賞辞退も
本人の口から語られる事は一度もない。
2013年、平和運動の一環として
「頭頭」を始動させる。
乾杯。
http://www.myspace.com/conductorAMOEBA


*【アベトモナリ】
それは愛。それは風。それは星。それは街。それは一冊の本。それは歩くという事。それは存在証明。それは登記簿謄本。さすがにそれは嘘。それは旅行。それは木のうろこ。それは大理石。それは電気。それは性器。それは線路。君のこころへとまっすぐ続く線路。それは各駅停車。始発であり終電。
http://vlutentrecords.blogspot.jp

*【クラモトイッセイ】
1984年生まれ。満29歳。
2013/01/29
今日はJimmy Eat Worldを聴きながら帰路についた。
寒い日に聴くと、最高。今年の夏の暑い日に聴いても最高だと思った気がする。秋だったかもしれないが、細かいことはよく覚えていない。
寒い。
こんな日にもし雨が降ったら、と考える。
雨に降られてほっそりしたずぶ濡れの野犬。毛がぺったりとからだにへばりついている。寒さに吠える体力も奪われて荒くなったその野犬の息遣い。今日もそんな野犬のことだけを夢をみる前まで考えていたい。
明日は多分、野犬のことは考えないと思うから。
http://isseikuramoto.blogspot.jp


*【ハハノシキュウ】
青森県弘前市出身。中学二年生の夏にやくしまるえつこに影響を受けラップを始める。また、小学生の頃からももいろクローバーZの玉井詩織に心酔していたため、服装にはアクセントカラーとして黄色を用いる事が多い。
鳥居みゆきの【ヒットエンドラン】という持ちネタの意味が【ヒット(打つ→鬱)とラン(走→躁)】だと気付いてから中野ブロードウェイに憧れ始める。
そして、2012年に【リップクリームを絶対になくさない方法】というアルバムをリリースする。それを中野ブロードウェイのタコシェに持ち込むと快く置いてもらえたため、それで満足している。
タメ口に対抗して、俯瞰目線で話してくる奴をメタ口と呼んでいるがなかなか世の中に浸透しない。
http://hahanoshikyu.blogspot.jp

2013年2月22日金曜日

地下鉄サリンジャー

大人になりたくない。
電車の中で鼻をすすってる大人にそっとティッシュペーパーを渡す仕事がしたい。

最近、電車の中で『新ジャングルの王者ターちゃん』を読んでいる。過去に一回、通読しているから、なんとなく展開はわかるんだけど、やはり15巻で僕は哀しい思いを強いられるのである。
太っていたヂェーンが痩せる薬を飲んでからの日常編はなんとも言えない幸福感に満ちているのだが、難敵が登場して展開は一変する。
結論から言うと、ヂェーンが太った姿に戻ってしまうのだ。
この先、最終巻までヂェーンが元に戻らない事を知っているだけに僕は哀しい。
ウィキペディアにも書いてある。『ヂェーンを元に戻せ!』と。
性格や言い回しはまるで一緒なのに、見た目が違うだけで、こうも印象が変わるのかと1番思わされる漫画かもしれない。

電車の中にいる人たちの鼻をすする音や咳にイヤホン越しでもうんざりするが、そんな自分も無意識に鼻をすすっていたりするから、本当に困る。そんなみんなの見た目が大人のサラリーマンじゃ、愛想笑いもできない。
みんながみんな水着姿のグラビアアイドルだったら、僕は鼻をすする彼女らにティッシュペーパーを渡し、バスローブを渡す仕事がしたい。
電車の中の渡し役に憧れるのだ。
ライ麦畑のつかまえ役は飽きた。

2013年2月17日日曜日

ストリート•オセロ•ストリート

吉祥寺駅から出るとオセロ盤をウエイターみたいに持った2人組が決闘をしていた。
そういえば、昨晩の僕はなぜか職場の人を交えてバスケをする夢を見た。しかも、バスケのはずなのに、僕のポジションは体育館のキャットウォークまで行って、ゴールの上から手を伸ばしているという、よくわからないもの。大きく外れたシュートをキャッチして仲間に渡すだけの簡単な仕事なはずなのに、ルール上、どういう球ならキャッチしてよくて、どういう球なら触ってはいけないのかが最後までわからず、あたふたして、チームメイトに迷惑をかけてしまった。こういう時に素直に周りにルールを聞いたりするべきだよなーと思いながら目覚めると、首を大きく寝違えていて悲哀に包まれながら、怪訝な表情になった。鏡を見たくてもわかる。首が痛い。首回りに湿布を貼ってから家を出た僕は、吉祥寺の駅の出口付近でストリートオセロに勤しむ少年達を目の当たりにするとは予想できず、ついつい我が目を疑い、振り返ってしまったのであります。すると首が痛いから、路上でオセロをしている人がいてもこれからは気にしない事に決めた。こういうのは学習しないといけない。免疫を付けるのだ。逆アナフィラキシーショックだ。同じ刺激は通用しない。
というわけで気を取り直して幾つか用事を済ませた僕は、寄り道がてらにバサラブックスに入った。バサラブックスの中ではアーバンギャルドが流れていて、なぜか不安定に曲が途中で切れて変わったりを繰り返していた。変な店だなって思いながら店内を物色していて、一緒にいた人間にも『なんでアーバンギャルドが流れてんだろね?』なんて結構大きめの声で話していた事が夢だったらいいのに、と今でも思っている。なんとなくポケットからiPhoneを取り出したら大音量でアーバンギャルドが流れていて、反射的に『うわー、アーバンギャルド流してたの俺だったー、マジ死にたい』と口にしていた。絶対、店員とか、その場にいた他の客は僕の事を鼻で笑っていたに違いない。自分がサトラレだと気付いてないのに、心の声でサトラレを見下しているような恥ずかしさだ。本当に痛すぎて首を寝違えていた事も忘れていたくらいだ。こういう経緯で、羞恥心を紛らわすために文章を書き始めたら、結局、首の痛みを思い出してしまい。最初から何も思い出さない方が幸せだったかもしれないと下唇を噛み締めている。なのに、なのに、普段は全く覚えていない夢の内容は思い出してしまうくらいのに、脳味噌をほじくり返してしまう始末だ。脳味噌の穴の周りには掘った後の土が残っていて、非常に醜い。
失敗や後悔は、失敗する前や、後悔する前に戻って補正する必要と、失敗や後悔をした後の自分を補正する必要がある。二つのこの必要性で挟み込むしかない。全部、ひっくり返してやる。単行本の一巻に戻って伏線を張りまくって、最新巻の時にそれを回収しまくってやる。
それを便宜上でオセロと呼ぶ。
そのオセロを路上でやってる少年達を僕がシカトできるはずがないだろう!

首が痛い。


2013年2月16日土曜日

ペットがペットを飼い始めた

そのうちペットがペットを飼い始めるんじゃないかって不安になっている。
猫を踏んじゃったけど、その猫が何かを踏んでいるみたいに。
僕は実家でずっと犬を飼っているけど、どうも未だに苦手だ。幼少期に大型犬に瞼を噛まれた事があってそれがトラウマになってるんじゃないかなって、思い込んで生きてきたけど、正直、噛まれた時の事を全く覚えていない。だから、たまたま歌が上手く歌えないみたいに、たまたま髪質が天然パーマに生まれたみたいに、たまたま僕は小動物が苦手なのだろう。
血で血を洗うみたく犬がペットを飼い始めたとして、そいつは可愛いって言ってあげないと微妙な空気になる存在なんだろうか。まあ、心から思ってなくても『可愛いね』って言う予定だけど。
それにしても毎日、寒い。
地元の青森県より寒い。
弘前市より寒い。
前に住んでた千葉ニュータウンに比べたら少しはマシだけど、やっぱり関東の寒さはきつい。
関東の冬って奴が、結構、気を遣うタイプの奴だった場合、僕は彼に『寒いですね』とは言えない。
僕はそういう人間なのだ。
さすが、関東の冬って奴がこのブログを読む事はないだろうから、陰険な僕は彼を否定してやる。寒い。
性格が悪いとは思うけど、みんな思ってる事だし、わざわざ口に出す必要もない。
こういう事はほんといちいち言わなくてみんな思ってるって思える。
でも、たまにこういう事をいたいち言語化しないと会話すら成り立たない人がいる。
『普通はこうですよね』って言えば『普通ってなんだよ?』って突っかかってきたり、『いつも通りですね』と言えば『それじゃわからない』と言い返してくる。
人間って難しい。
ペットがペットに噛まれるみたいに、僕も僕に反抗した方がいいかもしれない。
僕の今年の目標は【我慢しない】ことなんだ。
言いたい事を言うんじゃなくて、我慢しない。
全然できてないけど、もう少しわがままになってやりたい。
最終的には【しょうがない人】になるんだ。




2013年2月3日日曜日

人は 感動するために生きてっからよ ちまちま 生きたって のらりくらり やったって 事の大小に関係なく 生まれてきてよかった 生きててよかった なんて思える瞬間が 一生のうち 1度や2度くらいあるはずだ けどな そいつを味わうにせよ 持ち続けるにせよ 信じる力がいるからよ 我々は日々 精進しなきゃなんねえのよ

タイトルは「宮本から君へ」という漫画に登場するセリフ。
感動しないと生きていけないなって最近、よく思う。ところがあらゆる刺激慣れっこの現代人は感動の分母が大きくて、なかなか1以上にはならない。
感動の分母も、時間の分母も、経験の分母も、生きていくとだんだん大きくなります。
分子を供給しても、分母が大き過ぎるとなかなか気持ちは動きません。
欲しいものばっかりで、次は何を金貯めて買おうか。みたいなドキドキも薄れている。
いい意味で鳥肌が立ちたくて、その瞬間を待ち望んでいるというのに。
すぐに慣れちゃう。
「琴線に触れない」なんて言うけど、それは自分の琴線が悪いだけなのかもしれない。
感じ方を変えたら、まだ違う感動ができるかもしれない。
ヒップホップを聴く時にラップをメインで聴くかトラックをメインで聴くかリリックをメインで聴くかフロウをメインで聴くか。
でも、やっぱりそういうのを全部、考える必要もないくらい無意識にぶつけるものを腹一杯食べたい。
ああ、そう思う。

見知らぬ土地の話を聞くのが病的に好きだった。
 一時期、十年も昔のことだが、手あたり次第にまわりの人間をつかまえては生まれ故郷や育った土地の話を聞いてまわったことがある。他人の話を進んで聞くというタイプの人間が極端に不足していた時代であったらしく、誰も彼もが親切にそして熱心に語ってくれた。見ず知らずの人間が何処かで僕の話を聞きつけ、わざわざ話しにやって来たりもした。
村上春樹-1973年のピンボール 書き出し-

ああ、そう思いたい。
自分の土地の話をすることばかり考えてる。
病的なくらいに逆だったらよかったのに。
自分に興味がある人より他人に興味がある人の方が魅力的でしょ。