2013年2月17日日曜日

ストリート•オセロ•ストリート

吉祥寺駅から出るとオセロ盤をウエイターみたいに持った2人組が決闘をしていた。
そういえば、昨晩の僕はなぜか職場の人を交えてバスケをする夢を見た。しかも、バスケのはずなのに、僕のポジションは体育館のキャットウォークまで行って、ゴールの上から手を伸ばしているという、よくわからないもの。大きく外れたシュートをキャッチして仲間に渡すだけの簡単な仕事なはずなのに、ルール上、どういう球ならキャッチしてよくて、どういう球なら触ってはいけないのかが最後までわからず、あたふたして、チームメイトに迷惑をかけてしまった。こういう時に素直に周りにルールを聞いたりするべきだよなーと思いながら目覚めると、首を大きく寝違えていて悲哀に包まれながら、怪訝な表情になった。鏡を見たくてもわかる。首が痛い。首回りに湿布を貼ってから家を出た僕は、吉祥寺の駅の出口付近でストリートオセロに勤しむ少年達を目の当たりにするとは予想できず、ついつい我が目を疑い、振り返ってしまったのであります。すると首が痛いから、路上でオセロをしている人がいてもこれからは気にしない事に決めた。こういうのは学習しないといけない。免疫を付けるのだ。逆アナフィラキシーショックだ。同じ刺激は通用しない。
というわけで気を取り直して幾つか用事を済ませた僕は、寄り道がてらにバサラブックスに入った。バサラブックスの中ではアーバンギャルドが流れていて、なぜか不安定に曲が途中で切れて変わったりを繰り返していた。変な店だなって思いながら店内を物色していて、一緒にいた人間にも『なんでアーバンギャルドが流れてんだろね?』なんて結構大きめの声で話していた事が夢だったらいいのに、と今でも思っている。なんとなくポケットからiPhoneを取り出したら大音量でアーバンギャルドが流れていて、反射的に『うわー、アーバンギャルド流してたの俺だったー、マジ死にたい』と口にしていた。絶対、店員とか、その場にいた他の客は僕の事を鼻で笑っていたに違いない。自分がサトラレだと気付いてないのに、心の声でサトラレを見下しているような恥ずかしさだ。本当に痛すぎて首を寝違えていた事も忘れていたくらいだ。こういう経緯で、羞恥心を紛らわすために文章を書き始めたら、結局、首の痛みを思い出してしまい。最初から何も思い出さない方が幸せだったかもしれないと下唇を噛み締めている。なのに、なのに、普段は全く覚えていない夢の内容は思い出してしまうくらいのに、脳味噌をほじくり返してしまう始末だ。脳味噌の穴の周りには掘った後の土が残っていて、非常に醜い。
失敗や後悔は、失敗する前や、後悔する前に戻って補正する必要と、失敗や後悔をした後の自分を補正する必要がある。二つのこの必要性で挟み込むしかない。全部、ひっくり返してやる。単行本の一巻に戻って伏線を張りまくって、最新巻の時にそれを回収しまくってやる。
それを便宜上でオセロと呼ぶ。
そのオセロを路上でやってる少年達を僕がシカトできるはずがないだろう!

首が痛い。