2015年3月24日火曜日

奇数と偶数


君の人生を百八十度変えてしまうような、そんな文章を書かないといけない。

僕は毎度、そんな殺し文句を枕にして文章を書いてきたが、これは失敗だった。
ナゼナラ。
僕の随筆を二回読んだら、百八十度に百八十度。元に戻ってしまうからだ。
僕の随筆を奇数回読めば、君の人生は百八十度変わるが。
僕の随筆を偶数回読めば、君の人生は一周して一切変わらない。

今回はそんな奇数と偶数の話。


時系列的には小学六年生と中学一年生の間の春休みの話だ。

まあ、奇遇な事に今くらいの季節の話だ。
しかも、僕はこのためにわざわざ当時の自分にメールして、リアルタイムの目線でレポートを書いてもらった。
というわけで。

十二歳編の始まりだ。


僕は十二歳で、この春休みが終わったら中学生だ。

僕が勉強をしなくなったのは高い参考書を毎日のように売りつけてくる営業のせいだ。
奴らは完全に僕のやる気を削いだ。
ある訪問営業は母と僕の目の前に中学三年間で使う教科書を全て積み上げて見せた。具体的に何センチの高さになったのかは忘れちまったけど、メジャーでわざわざ測って自慢気に数字を口にされたのは覚えている。
んで、その後にそいつの売ってる参考書を五冊、積み上げたんだ。
「受験で実際に使うのはこの教科書全部の一割にも満たないんですよ。君は一割ってわかるかい?」
「十分の一って事でしょ」
「その通り、お母さんは随分賢いお子さんをお持ちのようで」
褒められて悪い気なんかしないけど、そんなの誰でもわかるだろ?と思った。

軽く調子に乗せた僕を試すように営業マンはこんな質問をしてきた。

「偶数と奇数をそれぞれ説明できるかい?」
「偶数ってのは二で割り切れる数、奇数は割り切れない数」
「八十点だね。でも、かなり優秀だよ。奇数はね、二で割ると一余る数の事を言うんだ」
「はあ」
「とにかくね、この積み上げたこの教科書の山、これを全部覚えるのは面倒だと思わない?」
「思う」
「高校受験に出る所だけが分かったらすごく楽だと思わない?」
「思う」
「それが今、ここに置いた五冊なんだよ。びっくりするくらい薄いよね。これだけマスターすれば受験で十分通用するんだよ」
訪問営業の話をちょっと聞いてから追い返すつもりだったのに。

やっぱ僕は十二歳だ。
二で割ったら何も余らない。

美味い話ってやつに免疫がなかったから、中学生ってのは想像よりずっとイージーな世界なんだって思っちまったのさ。
最初から大事な一割しか話を聞かないより、十割聞いて一割覚えてた方が利口なんだって、わかってたはずなのに。
そもそも、奇数と偶数をそれぞれ百点の説明を出来るくらい頭が良かったらあんな奴の話すら聞かなかっただろう。
しかし、僕は受験に出ないイコール聞く必要が無いなんて判断を下してしまった。
そういう意味で僕は頭が悪かった。
おかげで僕は人の話を一割しか聞かないくせが付いてしまった。
友人が父親の部屋からくすねてきたアダルトビデオを早送りして自分が観たいシーンにしか目を向けない。
きっと、これは想像だけど、この先の未来、僕らは抱え切れない情報を得るだろう。一枚のアルバムを傷が付くほど聴く事はなくなるだろう。
自分が欲しい部分だけ切り取って、残りは知らない。
そんな風にしないと消化しきれない情報過多に備えて僕は今日も勉強をサボる。

いずれ僕は十三歳だ。
二で割ったら一余る。









二で割ったら一余るくらいに、この散文たちを読んで欲しいもんだ。

二で割ったら一余るくらいに、僕のTシャツやキャップを買って欲しいもんだ。
僕のためだと割り切って買って下さい。

ハハノシキュウ専門ショップ「病気かどうか発破を掛けろ」


2015年3月22日日曜日

三階から胃薬

ある日、トイレで用を足した後にトイレットペーパーを見たらトマトジュースみたいな量の血がべっとりと付着していた。
これは不味いと思い、立ち上がって恐る恐る便器の方に振り返ると、トマトジュースみたいな量の血がB級映画のように散乱していた。

とりあえず、ネットで、血便について、調べてみたら、大腸ガンの、可能性が、色濃く、炙り出されて、これはもしや、人生、始まっちまったな、と非常に、不安な気持ちになった。
この句読点の数が僕の不安を示す指数だと思ってもらえたら幸いだ。

大腸ガンじゃなかったとしても、ポリープがあったら手術をしなきゃいけないし、そのためには高い金を払って検査を受けないといけない。
ネットで調べると、便の色が何色かによってポリープの可能性が変わってくると書いてある。
トマトジュースみたいな量の血液に邪魔をされて、僕は便の色を確認していなかった。
トマトジュースみたいな気持ちを洗い流すために、僕はすでにレバーを引いてそれらにさよならを告げていた。
だから僕は、君が何色だったか確かめる術を失ってしまった。

肛門科のある病院は、僕の家からだと近くに二件ある。
歩いて行ける距離には「肛門科のある」病院があり、電車で一つ隣の駅に行けば「肛門科専門」の病院がある。
僕は後者の専門分野に長けた病院に行くと決めていたのだが、午前中の診療に間に合わない時間に起きてしまい、しかもこれを逃すと来週の土曜日まで不安を残すので、本当に仕方なく歩いて行ける方の病院に行った。

初診だったから待たされるだろうとは思っていたが、大長編ドラえもんを一つ見終わってしまうくらいの時間を待たされたので、じつは自分の名前はとっくに呼ばれていて、反応がないから次に飛ばされたのではないか?と勘ぐる事になってしまった。
なんとか武田鉄矢のエンディング曲が流れる前に名前が呼ばれて、僕は気怠い足取りで診察室に入った。

先生の第一印象は「うわぁ、この人、金が好きそうな顔してるー」だった。
建前も本音も金で買えるような態度で、僕の肛門に指を突っ込んできやがる。
「出血はしてないねぇ。だけど、すぐに検査しなきゃダメだね、検査の予約をしてください」
大した説明もなく検査を予約するための部屋に案内された。
ああ、やっぱ死ぬのかなー。なんて思いながら、担当者の話を聞く。

大腸内視鏡検査というこの肛門関係だと非常にメジャーな検査である。
下剤を飲んで身体を空にしてから腸にカメラを突っ込み、中の様子を見ながら腸を往復するというものだ。
この病院、その検査が平日しかできないらしく、しかもその前日には食事制限があり、指定の食べ物と指定の下剤を支給され、その検査自体も何時に終わるのかは人によって違うらしく、ポリープが発見されたらその日の内に手術をするから、時間には余裕を持って来てくださいと言われる。
僕はそんなに手間と時間がかかるのかよ!とがっかりしたし、平日に仕事を休めるほど暇じゃないから現実的に厳しいなと思っていた。
ただ、身体の事なので妥協するにもできなくて、泣く泣く予約をした。
そして、下剤やら専用の食事やらたくさんの荷物を持たされ、検査費用とは別に結構な金額を取られた。

病院を出た僕はどうも、トマトジュースみたいに煮え切らない気分になって、ネットで内視鏡検査を調べまくった。
だけど、僕は頭がイカれているせいでその内容がよくわからなかったから、当初として行く予定だった一つ隣駅の病院に電話をした。
「内視鏡検査についてお聞きしたいんですけど」
「日曜日以外でしたら予約なしでいつでも受ける事ができますよ」
「前日に食事制限があったり、前日から下剤を飲んだりする必要はありますか?」
「基本的には乳製品を摂らなければ大丈夫ですよ、下剤も当日支給するもので十分です。朝食だけは抜いて来てくださいね」
「ちなみに金額って」
なんと、三千円程度だった。
僕がさっき買わされた食べ物と下剤よりも安い。
僕は昼休みに入る直前のさっき行った病院に滑り込みで戻って、予約をキャンセルして、返金をお願いした。
早起きすればよかった。僕はキメ顔でそう思った。

そして、翌週の僕はラジオ体操ばりに早起きをして、隣駅の病院に行った。
土曜日なので、朝一番だというのに待合室は座れないくらい混んでいた。
それでも大長編じゃなくて、通常のドラえもん一話分くらいしか待たされなかった。
また、ケツの穴に指を突っ込まれて辱めに受けたが、どうやら軽い切れ痔らしく「検査受けますか?」と逆に聞かれるくらい微妙な反応だった。
僕はこの日まで仮に自分が大腸ガンやポリープだった時の事を何度も想像し、生命保険の金額とかを気にしながら、決めなきゃいけない覚悟をモンスターボールにしまいこんでいたのだ。
そんだけの不安をケツの穴に軽く指を突っ込まれたくらいで拭えだなんて、ちょっと味気ないしはっきり言って不安なままだ。
「念のため、検査を受けたいのですが、」
「じゃあ、あっちの階段の先で下剤をもらってください」

人生には初体験がつきものである。
内視鏡検査は多分前世でも経験していない。
ちなみにこの記事は明確なオチのある話として書いているわけじゃなく、ごくシンプルな体験談である。
ここから先は僕の想像と少し違った異世界だったので、こういう世界もあるのか程度に読んでいただけたらいいかなと思う。
 君の人生に大きな影響を与える文章を書かないといけない。 君の人生を百八十度変えてしまうようなそんな文章を書かないといけない。というわけでもない。

階段を上って別の病棟へと案内された。
そこも混んでいたがなんとか座る場所はありそうだった。
そこにいる人たちは全員、紙コップとペットボトルの水と何やら巨大なポリ容器を持っている。
立ち上がってフラフープをやる時みたいに腰を振っている人が数人いて、一目でここは怖い場所だと思った。
受付で僕も同じセットを貰った。
巨大なポリ容器には一リットルの下剤が入っていて、水を飲みながら要領よく一時間くらいかけて、それを全て飲み干さないといけないと言われる。
その三点セットを手にした瞬間、僕はこの部屋にいる人たちと仲間になったような気がした。
とりあえず、さっさと飲んで、さっさとトイレと行こうと思い、紙コップ一杯分に下剤を注ぎ、口へと運んだ。
不味い。
なんだこれは。
ガムシロップを一リットル飲め!と言われているような拷問である。
これを全部飲むのは絶対に無理だ。
二階から目薬だ。
でも、飲まなきゃいけないのか。
もしかして、この苦行を省くために前日から食事制限したりする病院があったりするのだろうか。
それから、トイレの場所を確認した。
トイレは男女共同で、個室が六つに分かれていてそれぞれの便器の扉に信号が付いている。
どうやら鍵をかけると赤くなり、鍵を外すと青くなる仕組みらしかった。
そして、壁には便の濃度表が貼ってあり、一番薄い色まで変化したら内視鏡検査を受ける権利を得れるらしかった。
「便が出ましたら私たちがチェックするので、流さずに声をかけてくださいね」と看護師のおばちゃんに言われる。
トイレ内は「チェックお願いしまーす!」という声が常に飛び交っていて、なかなかの混沌具合である。

気を取り直して、僕はポリ容器と睨めっこしながら、全然減らない下剤をちびちびと飲み続けた。
阿部共実よりも後味が悪い下剤を水を飲みながらなんとか誤魔化して飲んでいると、早速便意がやってきて、僕は青信号のトイレに駆け込んだ。
僕は一応ラッパーなのだが、人様にチェックしてもらう事においてはかなりスキルが低いので、チェケラッチョにおける不安と緊張で下剤と関係なくお腹が痛かった。
排便したい気持ちは表現ですよね。

一回目の便を看護師さんにチェックしてもらうと、「あと、三、四回は出さないとダメ」と言われる。
まるで、レコーディングしてる時みたいになかなかオーケーの出ない厳しさを感じた。
ただまあ、そんなのも杞憂に過ぎず、三回も四回も出るのかよと思っていたが、途中で便意が止まなくなって、結果的に七、八回はトイレに足を向けたと思う。
下剤はなんとか飲み切ったし、理想的な無色透明なテイクを出せたので、看護師さんにチェックをお願いすると(チェケラッチョの恥ずかしさは途中で克服できた)、オーケーサインをいただき、内視鏡検査の順番を待つ段階に進んだ。
表現したいって気持ちは排便ですよね。

身体の内部が空っぽになった事を実感しつつ、後から入ってくる新参者を鼻で笑う。
新参者は渡された下剤の量と、その味で明らかにテンションが下がっている。
僕はそれを乗り越えた先輩なので、後輩の頑張りを横目で見ながら、「絶対無理だと思っても飲めるもんだよ」と脳内で勝手に励ましてあげたりした。
僕はこの時、内視鏡検査を終えた人が僕の事を同じように鼻で笑っていた事に気付く余地がなかった。
つまり、下剤を全て飲んで、出す物を出した時点で僕は満足しちまっていたのだ。

内視鏡検査用のベッドに横に寝かされ、下半身を裸にされてタオルを巻かれた僕は、カメラを見て目を丸くする。
そんな長いの入りませんって!絶対に無理です。
三階から胃薬です。
そんな僕の諦観すら気にも止めずにケツの穴にそれを突っ込まれる。
カメラの先からは空気が物凄い勢いで出てきて、僕の腸は大道芸人がプードル犬を作る風船のように膨らんで、激痛が井手らっきょみたいに走り抜けていく。
マジで死ぬ。
四階から飛び降りだ。
目の前のモニターには僕の体内がナノセイバーの如く映し出され、サーモンピンクの僕の内側がお医者様に見られて恥ずかしくて何度も死にそうになった。
「凄い綺麗な腸ですね、ポリープもないし、全く問題ないですね」
どうやらカメラが腸の最終地点まで辿り着いたらしく、僕は安堵感に胸をなでおろす。
「それじゃ、カメラを戻しますねー」
往復しないといけないという事を完全に忘れていた。
また、さっきまでの激痛を再び味わうなんて絶対に無理。
五階から浣腸だ。
神を失いそうになりながら、なんとか内視鏡検査の行程を終えた僕は、一階から五階まで非常階段を上り下りして戻ってきたように疲れ切っていた。

とにかく、変な病気じゃなくてよかった。
そして、最初に行った病院の先生が僕に、病気かどうか発破をかけてきやがった事を少しばかり恨んでいる。
最初から「ただの切れ痔ですね」と言ってくれりゃこんな大冒険する必要なかったんだぜ!って。











2015年3月19日木曜日

バスルームで髪を切る100の方法

僕はバスルームでシャワーを浴びながらこの文章を書いているが、さすがにノートパソコンの置き場所が不安定すぎて疲弊している。
浴槽に蓋をするやつがあれば一番いいのだけど、ウチには蓋がないのでミニ四駆が一台通れるか通れないかくらいの浴槽の縁にバランスを取りながらそのノートパソコンを置いているわけだ。


髪を切った次の日は学校を休む。
そんな奴が中学の時にいた。
僕は彼の気持ちがすごくわかっていたし、僕だって休めるなら休みたかった。

時はさかのぼり小学校時代、なぜか僕のクラスだけ男のロン毛が流行っていて、卒アルを見れば男子の三分の一くらいがロン毛で、おまけにナイキのヘアバンドをしていた。
なんと僕もその一人だった。(ほんと変なクラスだった)

そして、中学入学と同時に髪の毛をバッサリ切った。
これには社会的体裁以外の理由があった。
建前として、もう小学生じゃねぇんだからって髪を切りに行ったけど、本音は悪い噂に怯えたからだ。
一年生が長髪や茶髪で学校に行ったりなんかしたら、確実に先輩にシメられるというステレオタイプの噂だ。
僕は当時から面倒ごとが嫌いな性格だったし、喧嘩なんてした事もなかったから、素直に目立たないように振る舞った。
結果として僕は見事に目立たなかった。
顔立ちが整っているわけじゃないから、髪が短いと凄くモブキャラっぽくなってしまうのだろう。

それでも入学当時は目が隠れるギリギリまで前髪を残して、KOF97のシェルミーみたいな(知らん人はググって下さい)感じで思春期を隠していた。
ある日、母親が美容院に行くと言い出したので、なんとなく僕も付き添った。
床屋しか行った事がなかったから、ちょいと背伸びして美容院に行ってみたかったからだ。
当時飼ってた室内犬と、行かなきゃよかった。って後悔を、玄関に残して。

美容師さんは母親の友達らしく、関西弁のおばちゃんをそのまま津軽弁にしたようなテンションだった。
僕は見つけるなり土足で僕の玄関までやって、慣れたように僕を座らせた。
そして、刹那。

じつに中二っぽい言い方だが、これは中一の時の話だ。

刹那。

そのおばちゃんはハサミをカミソリに持ち替え、一瞬にして僕の前髪を切り落とした。
クラムボンの原田郁子みたいに切り落とした。
「どう?いいでしょ?」
そのおばちゃん的にはかなり満足のいく出来だったらしいが、僕は救急車を呼びたい気分だった。
「あっ、はい」
しかし、気の弱い僕は太宰治がお父さんからのお土産を喜んだ時のように、その前髪を気に入った振りをした。
ところが、僕は太宰治ではないため、帰りの車の中で母親に本音を伝えた。
「正直、この前髪は変だと思う」
母親は非常に困った顔をしながらも、帰り道にドラッグストアーに寄ってワックスを買ってくれた。
ワックス自体が全然解決策になっていない事も悟りつつも、まだ子どもだった僕は母親が僕を気遣ってこういう行動を起こしてくれた事が素直に嬉しかった。

翌日。
一緒に学校に行く友人グループと合流すると、ガキ大将的なやつに死ぬほど笑われ、他の奴も同じように笑い始めた。
言い忘れていたが、僕は前髪以前に自分の天然パーマもコンプレックスで仕方なかったのだ。
髪が長い内は誤魔化しがきくが、短くなるともう全裸で外を歩くような恥ずかしさを見舞う。
まあ、この頃から自意識過剰だったのだ。
少しでも前髪やもみあげがうねってると、みんながそこを見ているような気がしていた。
僕は運が悪くそのガキ大将とたまたま同じクラスだったので、教室に入ってもまだ僕の髪型をいじる時間が続いた。
地獄みたいな一日だった。

そのガキ大将をのちに陰湿な手口で三学期までにハブにしたという話はまた別の話なので、ここでは割愛する。

僕は帰宅するなり、もう一回違うところで髪を切りたいと母親に強くお願いした。
母親は僕の気持ちをすぐに悟ってくれたみたいで、髪を伸ばす前まではいつも行っていた床屋に連れて行ってくれた。
阿呆なババアだなっていつも思ってるけど、この文章を書きながら「いい母親じゃないか」と再確認して少し感動して泣けてきた。

結局、気の知れたその床屋さんと話し合い。
もういっそ中田英寿くらい短髪にしてリセットした方がいいという話になり、思い切ってそれをお願いした。

翌日、トイレで鏡を見る回数は増えたけど、もうどんな風にからかわれようが覚悟は決まっていたので、髪が伸びてくるまでとにかく気にしない!と強く自己暗示をかけた。
小学校から一緒だったやつは僕の短髪を初めて見たはずだからとても驚いていたけど、昨日みたいに笑われる事はなかった。
多分だけど、美容師のおばちゃんはかなりセンスがなかったのだろう。

腹に力を入れて自分の覚悟を再確認した。
これは隠し切れない思春期なのだ。
僕は変に気合いを入れてコンプレックスと戦っていた。

そんな場面に現れたのが担任教師だった。
僕にちょっと話があると言って渡り廊下に呼び出した。
僕は目立たない生徒だったから心当たりがなく、トイレで鏡を見ててチャイム着席が遅れた事くらいしか罪が思い浮かばなかった。
「お前、天パーで悩んでんだって?」
担任教師はそんな風に切り出した。
僕が誰かに漏らした愚痴かまたはクラスの雰囲気か、二日連続で髪型が変わった事への心配か、担任は僕を励ますためにわざわざ呼び出したらしかった。
「先生だって天パーなんだ!そう気にすんな!」
そう言って肩を叩かれた。
今思えば、これがこじらせた思春期の扉をノックされた瞬間だったかもしれない。
気にしない!って覚悟を決めたものを他人から気にすんな!と言われる事がこんなにも腹立たしいとは。
もちろん、担任には悪気がないのだろうけど、僕の担任に対する信頼は習いたてのマイナス計算で底の底まで落ちた。

あれ、シャワーを止めた筈なのに顔がびしょ濡れだぜ。


























ハハノシキュウ専門ショップ
「病気かどうか発破を掛けろ」





2015年3月14日土曜日

ハンズレ

君の人生に影響を与える文章を書かないといけない。
君の年齢を四捨五入して小学四年生なら尚更。

色の表現法として一般的なCMYK。
シアンとマゼンタとイエローとブラックの四色の割合でカラー写真などの色彩が表現されている。
これがオフセット印刷となるとそれぞれCMYKと四枚の刷版が必要になる。
この四枚の刷版にそれぞれのインクを仕込んで刷る。
この時、四枚の刷版が綺麗に重ならないと印刷は台無しになる。
コンマ一ミリでも見当がズレると非常に不恰好な見栄えになるのだ。
この複数の刷版を使用した印刷の際に刷版の位置がズレて失敗する事をハンズレと呼ぶ。

前置きがちょっと退屈な滑り出しだったかもしれないが、これからが本題だ。
僕は人生において反抗期というものを通過した経験がない。
あえて言えば、エムシーバトルに積極的に出場し始めた位の頃が反抗期かもしれない。
最も人生を大きく左右するであろう大学三年生くらいの時に僕はもしかしたらズレ込んだ反抗期を拗らせたのかもしれない。
それを印刷で言うところのハンズレに例えて自分の中のCMYKを見つめてみようと思ったわけだ。
そして、拗らせた分だけ言い訳をしようと思ったわけだ。

僕は生まれてこのかた一度たりとも父親に逆らった事がない。
理由は怖いからだ。
怖いというのはちょっとガキっぽい言い方になるから少し変えると、論理的にも精神的にも勝ち目がないからだ。
言い方も言ってる内容も、エムシーバトルに例えるならアンサーの返しようない強みを持っているのだ。
今思えば、会社の上司が部下を追い詰める時のような正論の使い方だったかもしれない。
何ていうか、ハンターハンターのキルアじゃないけど、頭にイルミの針みたいな何かが刺さっているような気がするのだ。(よくわからない人はハンターハンターを読んでください)

何かに一度でも強く逆らった事のある人間の持ってる開放感というか、自分が間違ってたとしても後に引けない正義感を僕は今更になって羨ましく感じる。
妹も弟もなんだかんだで、わがままになって何に対しても癇癪を起こしている時期があった。
僕はいつだってフラットで、従順で、性根が捻くれてる割には人の言う事は素直に聞いてきた方なのである。

ところがエムシーバトルに出て、やりたい放題に人の悪口を言いまくった所でタガが外れたのがはっきりとわかった。
多分、誰でも腹の中に人柱力的なバケモノを飼っていて、そいつを定期的に散歩に連れてったり、たまに酒を飲ませてあげたりする事で、上手く飼い慣らせてるんだろうけど。
飼い慣らしたり躾をしたりするべき思春期を大きく通り過ぎてズレ込んでしまった僕の中のモンスターは、リーダーバッチを持たないままレベルの高いポケモンを操ろうとしてる感じで、全然言う事を聞いてはくれなかった。
これがハンズレだ。
僕にとってエムシーバトルは自己解放なのだ。ズレてしまったCMYKを重ね合わせた結果だ。

そして、現在の僕は父親の期待(んなもんあったのかどうかすら知らんが)に全く応えられず、何のために大学に行かせてやったんだと陰口叩かれてるのを聞こえないふりをしながら、金にならない事ばかりに夢中になって、盛大な長い長い反抗期の真っ最中である。
ただ、はっきりと言わせてもらえば
僕は割と幸せだ。
僕はネガティヴを売りにして後ろ向きな事ばかりを口にしているが、幸福感のハードルがとても低い人間だ。
ファミリーマートのティラミスを一気食いしただけで、その日一日がハッピーに感じるくらいに。
基本的に贅沢をする事に興味がない。自分の物差しに自信が無いから物のクオリティーや価値にそこまでこだわりがない。
というか、この日本て国は舌を肥やしすぎなきゃ大体何でも美味いと思うし、自分の好みとか楽しみ方さえわかっていれば、そこまで金をかけて色んな経験をしなくてもまあまあ満足できる。
反抗期がズレたって言ったは言ったけど、もしかしたらまだ反抗期が来てないかもしれない。
何でも自分の思い通りにならないと気が済まない貪欲さ、わがまま。
そういう気持ちがよくわからないままだからだ。
割と何でも、ああそんなんだ、じゃあ我慢すりゃいいか。
なんて受け入れちゃうタチだから、本当に無自覚にバケモノの持ってるゲージが溜まってるんだろうっては思う。
エムシーバトルに出る度にそれを少し減らしてるだけ。
ストレスとは全然違うやつ。
要は、思春期にハンズレを起こしたまま印刷されちまったのに、刷り直しが利かない年齢までそれに気付かなかったって事だ。

以上、僕がラップしてる時にリズムがズレやすい言い訳でした。


2015年3月8日日曜日

安倍なつみ


たまに「バカになりたい」なんて言ってる人がいる。
僕はそんな人に最高のアドバイスを提供しに来た。
誰でも簡単にバカになれる方法。
断言してもいい、これは本当に簡単だ。


「バカになりたい」なら口癖を
「バカになりたい」から「頭が良くなりたい」に変えろ。


バカに見えるから。




ここまでの僅かな文章を書くにあたって僕はやべぇ位に苦心した。
そんなにたくさん読んできたわけじゃないけど、文章術のハウツー本には大体こんな事が書いている。
「賛否両論を恐れずに思った事を断言した方が魅力的な文章に見える」
僕はこれがどうも苦手でしょうがない。
「こじらせハイ」になってる時、中学生みたいに独善的なものの言い方をする事はたまにあるけど、僕の気持ちの根元では、自信を持って物事を断言したりする技量が無い事を悟っている。
自分のセンスをいつも疑ってる節があるからだ。


僕が中学生の頃は、モーニング娘。の全盛期で、「モーニング娘。の中で誰が好き?」(当時は推しメンという言葉がなかった)という質問に何かしらの返答を持ち合わせていないといけなかった。
僕も世間と同期して素直にモーニング娘。が好きだったけど、好きだったかもしれないという言い方の方が自然に感じる。
そして、僕はいつもその質問に「安倍なつみ」と答えていた。
僕は自分で自分を素直に面食いだと思っているけど、自信満々に「安倍なつみ」と答えるのもなんか違う気がして、控え気味に「安倍なつみ」と答えていた。
モーニング娘。という枠の中から「選ぶ」という動作を行うから僕は安倍なつみに辿り着けるのだけど、モーニング娘。という枠を外したら、辿り着けないかもしれない。
「クラスの中で誰が好き?」とか「〜部の中で誰が好き?」とか、枠を与えられる事で「とりあえず」だけ答えられるような気がする。
ドリカムじゃないけど、好きなものを好きと言うだけで涙が出ちゃいそうな感じが苦手で、「お前そんなものが好きなのか?」って周囲に異質扱いされると「自分っておかしいのかな?」って自意識過剰に不安がってしまう。
その点で「安倍なつみ」は非常に攻守共に優れた僕の答えだったのだ。
(同世代の人にしか伝わらないニュアンスだろうとは思うけど)


とにかく、僕は本当に臆病で断言する事によって、後々文句や嫌味を言われたりするのがもどかしくて堪らないのである。
人のエッセイやインタビューを読んでいて、自分語りの節々に「〜だと俺は絶対に思う!」と強い思想、主張があると僕はいつも「羨ましいなぁ」と感じてしまう。
明日には違う意見になってしまうかとしれない。それでも、自分の好みをはっきりと口に出せる人を僕は素晴らしく思うし、同時に強いなぁって少し嫉妬する。
映画館の帰り道みたいな気持ちがすごく嫌なんです。
答え合わせみたいな。
蛇足だけど、僕が昔作った『修学旅行のすべて』って曲はそういう気分を歌詞にしてる。


こうやって、ブログですらない粗末な文章を自己満足で書いてるわりに、内面じゃそういう気持ちなので「センスねぇなー」って思われる怖さが影みたいに付きまとっていますが、まあ気にしないでください
ジョイフル本田の駐車場ばりに広い心で受け止めて下さい。

蛇足の蛇足ですが、僕は中学生の頃、トニーブザンの頭が良くなるマインドマップの本と、右脳で速読できるCD付きなんたらの本を、2冊同時にレジに持って行って、自分が天才にでもなったような気分に浸った事があります。
マインドマップというのは、膨大な情報量を脳の中で木の枝のように整理する方法です。
一方で、右脳速読というのはその名の通り、短時間でより多くの文章を読解し膨大な情報を得る方法です。
この二つの技術を同時に会得したら、紙を八回折るより前に月に届いてしまうんじゃないか!というじつに天才的な発想に当時中学三年生の僕は辿り着いたのでした。
実践したけどすぐに飽きて辞めました。




あー、頭が良くなりたい!





2015年3月4日水曜日

月曜日

君の人生に影響を与える文章を書かないといけない。
君の人生を百八十度変えてしまうそんな文章を書かないといけない。僕はかなり温厚な人間だ。

人様にイライラしたり、声を荒げて怒ったりなんてできる度胸すらない。
嘘だと思う人はユーチューブで『ハハノシキュウ』と検索してみて欲しい。
そんな僕でもイライラしてしまう事がある。
はっきり言って器が小さいなぁって自分で思う。
逆の立場だったら精神的にしんどいと思うし。
それは月曜日に体調の悪い人が出勤してきた時です。
別に仕事でも学校でも何でもいいけど、休み明けに体調が悪い人を見るとなんでか、イライラするんですよね。

特に金曜日に体調の悪さの前兆を感じさせておきながら、月曜日に悪化してる人。
僕は正論ってやつが大嫌いだから、理詰めにそういう体調の悪い人を責める気にはならないけど、なんかヤダ。
また、その体調の悪さのサイクルが三週間くらい続く人がたまにいるじゃないですか?
病院行けよっ。って思っちゃいます。すみません。
でも、自分が体調崩したらそういう人らにイライラしてた事を全力で謝りたくなると思います。
こんなに辛いのに仕事をしてたのか、しかも月曜日から。土曜日の休みが死ぬほど遠く感じる月曜日から体調の悪さを押してまで出勤してアンタはどんだけメンタルが強いんだ?って。
でも、自分が大して調子悪くない月曜日だったら、やっぱり腹が立ちます。
この感情を別に僕は社会人として正しいとか、論理的に正しいとか、そういう三角定規で測るつもりはない。
むしろ、女の子が生理的にムリなんだけどーって言ってるくらいにパッと出た感情です。
僕は根っからの右脳人間なので間違いないです。
すでに、月曜日の出勤前から、先週体調が悪かったあの人はちゃんと回復してるかなー?って脳裏に想像図を書き込んでる自分に嫌気がします。
でもね、僕が本当に嫌なのはさっきも言ったけど、正論を言ってる自分を正しいと思ってる人です。
「土日休みなのに、どうして月曜日に体調悪いの?何のための休みなの?企業ってのは月曜日に万全の状態で君に出社して欲しいから土日に休んでもらってるんだよ?社会人としてどうなの?そもそも病院行ったの?なんで行かないの?自然に治ると思ったじゃ言い訳にならないし、現に治ってないじゃない?どうするの?これで誰かに伝染ったら君は責任取れるの?」
連想ゲームみたいにいくらでも傷口を抉れちゃいます。
しかも、言ってる本人は絶対安全批評家ポジション。
こういう論理構造の人は非論理的に死ねばいいのに!
話をまとめると、月曜日に体調が悪い人と月曜日に体調が悪い部下を叱ってる上司の二人。この二人にめっちゃめっちゃイライラします。二つマルを付けてもほんのちょっぴりも大人になれません。
でも、僕は日本人だ。
そんな感情をまるで表に出さずに微笑みの爆弾を抱えたままで、こうやって陰湿に随筆に書き込んでおります。
思ってる事なんか言うもんか!
僕は間違ってると思いますか?
そうです。間違ってるくらいがちょうどいいんです。

僕がこの文章を書いたのは土曜日の夜でした。
この時、僕は奇跡的にすこぶる調子が良く、まるでバイクのように跨がったら乗れてしまいそうなくらいの調子でした。

日曜日、僕はライブをしました。
自分のライブと、おやすみホログラムの客演をそれぞれ全力でしました。



月曜日、僕はとてもガリバーが痛くて泣きそうでした。
結構寝た筈なのに一日中眠くて、声が枯れてました。
悪く言えばハハノシキュウというラッパーみたいな声でした。
良く言えば橋本環奈みたいな声でした。
周りの人間に悟られないように努力はしましたが、おそらくコナン君の正体並みにバレバレだったと思います。
ロキソニンもリポビタンDも気休め程度でした。

>休み明けに体調が悪い人を見ると、なんでかイライラするんですよね。


あー、イライラする。