2015年4月22日水曜日

虫食い問題

乗っていたエレベーターが止まってしまって、助けてもらえるまで暇潰しの文章を書いている。

僕は小学三年生の時に転校を経験しているのだが、転校する前の小学校が思い返せば変だったなって話でもしようと思う。
転校と言っても同じ市内で、具体的に名前を出せば西小学校から北小学校に転校しただけなので、会おうと思えば旧友に会えるような距離の転校だった。

小学校低学年という魔法のせいなのか、西小に居た頃の僕はとにかく虫を殺していた。
クラスの男子のほとんどが虫を殺していた。
バスケ部がレイアップシュートをするように殺していた。
バ◯タ、コオ◯ギ、ト◯ボ、テント◯ムシ、手当たり次第に殺していた。
◯澤君なんて、ト◯ボの羽を両端にして持ったまま真っ二つに引き裂いて口に入れたりしていた。

僕が転校した北小学校にはそんな事をする人間なんて一人もいなかった。
最初は、西小学校の友人に電話をしたり、僕の新居に招いたりしていたが、その内まるで音沙汰がなくなった。
僕も僕で音沙汰がなくなった事すら忘れて、北小学校で虫を殺す以外の遊び方をたくさん学んだ。

ちなみにこの頃、巷では『スラムダンク』が大流行していて誰もがバスケを始めたい症候群に巻き込まれていた。
北小学校にはバスケ部がなくて、サッカーに力を入れている学校だった。
逆に西小学校にはサッカー部がなくて、バスケ部があった。
小学四年生になって、僕も初めて部活動というものを体験するが、僕が選んだのはサッカーでもバスケでもなく卓球だった。
バスケをしたいなんて言ってる奴は大体がサッカー部に入った。
僕が虫を殺すのをやめて、サッカー部を皆殺しにしようとした話はまたの機会にしようと思う。

僕の家の目の前にはバスケをするためのゴールとコートが備え付けられた公園があって、いつ見てもバスケ少年たちで賑わっていた。
自分の部屋からその光景が見えるってのも考えもんだ。考えなかったけど。
その日は日曜日だったと思う。僕は眠かった。
ぼんやり公園のバスケットコートを二階の部屋から眺めていると、窓の下から何やら騒がしい声が聞こえる。
そこに居たのは◯澤君率いる、西小学校時代の友人だった。
玄関まで下りていくと、奴らは全員バスケットボールを自転車のカゴに入れていて、せっかく一階まで下りたのに僕は同じ目線になれなかった。
みんなバスケ部に入ったらしい。

公園の横にはこれから新しい住宅が建つ事を暗示した空き地がたくさんあり、僕は気を利かせたつもりで「そういや、ここにはたくさんのカ◯キリが出るんだぜ、殿様バ◯タだってたまにいる」と虫の話を振った。
すると、奴らは全員バツの悪そうな顔を浮かべていて、木◯君がこう言った。
「もう、俺らは虫を殺せないんだ」
「えっ?どうして?」
「バスケ部の顧問の先生に言われたんだ、虫を一匹でも殺したら強制退部だって」
どうやら僕が転校した後も飽き足らずに虫を殺しまくっていたらしく、学校で軽く問題になったみたいだった。
僕が提唱していた「虫を殺すのは小学校低学年特有の魔法だった説」は見事に却下された。
◯澤君はそれ以来、ト◯ボを口に入れていないらしい。
ア◯は酸っぱい!なんて言っていた頃の彼はもういない。
アマ◯エルの皮を剥いで「珍しい色のカ◯ルを見つけた!」なんて言っていた彼はもういない。

僕はとりあえず彼らに着いてバスケットコートまで行った。
やっぱ、バスケ部ってすげぇなって思った。
もう二度とバスケをしたくないって思うくらい動きのキレが違った。
まあ、卓球だったら僕が逆の立場にしてやれたけどな。
僕が西小学校の奴とまとも話をしたのはこれが最後だった。

のちに高校がたまたま◯澤君と一緒だったけど、彼とは一言も喋らなかった。
別に仲が悪いとかじゃなくて、クラスのある階が違っただけ。

よって、エレベーターは上る事もなく下る事もなく、目線は変わらずに止まったままなのだ。