2015年6月17日水曜日

自称、世界一ピロートークが上手い女友達について《後編》

よって僕は女友達というやつを拗らせている。

病院のベッドってのはもっと快適なものかと思っていたけど、白が色いって事以外は特に何の変哲もない普通の代物だ。
僕のイメージとしてはボタン一つで機械的に上半身が起き上がるという魔法を使えるのが現代科学の為せるワザであるはずなんだけど、実際は手動でカタカタと音を立てて原始的にベッドを起こさないといけない。
夢見る僕が夢から覚めるための方法として憧れていたのが、目覚める時にその眠気と戦いながらボタン一つで上半身を起こすというやり方だ。そしてそれができたらどんなにいいか、二度寝を防止できるんじゃないかと二度寝の後悔を噛み締めながら、一日に二度はそう考えていた。
でも、僕は便利さや快適さに慣れてしまう人間の当たり前病をかなり恐れている節があって、上半身を起こせたとしてもそのうちその姿勢のままでエコノミークラス的な姿勢で二度寝するに決まってると思ってる。
それに怠け者の僕の事だ。ベッドの上半身を起こしても下半身側のゾーンに猫みたいに身体を丸めて退き、余裕で二度寝してしまう筈だ。
だから、僕は僕の病室のベッドが電動式じゃなくて本当によかったと思っている。

さて、僕がどうして病院のベッドなんかで寝ているのかって話に辿り着かせるために時間を少し戻そうと思う。
大学で遂に僕にも女友達ってやつができて、結構浮かれてたんですよ。
買い物に付き合ったりとか、飲みに行ったりとかして。
まあでも、会話の大半が彼氏の愚痴。
僕みたいなあんまりオラついてないタイプの人間には遠慮なく愚痴とか溢せるらしく、ちょうど半年ごとに変わる彼氏の話をその度にハイハイと聞いていた。
理系の大学だったから女の子が少なかったし、そういう点で言えばある意味、僕は勝ち組だったのかもしれない。
講義を受けるにも研究室に通うにも大体その子と一緒だったのだから。
彼女は口癖のように「私のピロートークは世界一上手い」なんて訳のわからない冗談を言っていた。
僕は彼女のピロートークなんて知る由も無いし、ホントにどうしようもなく女友達だった。
プロの歌手のようにマイクと口の間の距離を一定に保って、声の響き方に気を配っている。
例えば、僕が肉食的な積極性を持っていたらこの距離を縮められたのか?そもそも距離なんて縮める必要は無いし、僕はその女友達の事を恋愛めいた目線で見た試しもなかった。
彼氏の愚痴を聞いてあげて「じゃあ、別れればいいんじゃない?」とか言うだけ。僕は僕でそういう女友達がいるって事自体に感謝しているのだ。
気軽に話せる女友達が今まで一人もいなかったのだから、ここで調子に乗って恋人が欲しいですなんて言う気になれる筈がない。

そんな女友達と僕は同じ研究室に所属して、同じ教授のゼミに参加している。
彼女が紹介してくれる教授ならなんとか人見知りの僕でも話せるかなと思ったから、その研究室を選んだ。
それと理系の大学を一人プレイで乗り越えるのははっきり言って無理なので、見知った人ができるだけ多い場所に身を置く必要があったのもある。

そしてそれは大学四年生の時の研究室だった。五月だった。
その女友達は大きな荷物を持って、研究室に入ってきた。
卒業研究の途中経過のプレゼンの準備をしていたのはこの日は僕一人だけだったため、必然的に僕と彼女は二人きりになった。
ちなみに僕にとっては貴重な女友達ではあるが、彼女にとっての僕は複数いる男友達の内の一人なのだ。
彼氏だっている。
まあ、そんなわかりきっている事をわざわざ反芻した理由は彼女の不可解な行動に、20世紀少年の12巻を読んでいたら小さな紙切れが落ちてきた時くらい驚いたからだ。

彼女は五月だってのに、組み立て式の大きなクリスマスツリーを持ってきたのだ。
そして、研究室の入り口にカードキーを翳してロックをかけた。
「半年経っても十一月でしょ」
主語のない反応に困る言い方だった。
「とりあえず組み立てるのを手伝え」と言われたので、ノートパソコンのパワーポイントを上書き保存して、意識をそっちに向けた。
三分割されたツリーの根元を繋ぐとそれは彼女の身長くらいの大きさになった。
電飾の位置を整えて、コンセントから電気をもらうと蛍が群がったみたいにパレードを始めた。
改めて彼女は研究室のカーテンを閉めて電気を消した。夜と呼ぶにはまだ急ぎ過ぎな時間だったのは覚えているが、綺麗に閉鎖されたこの空間は明らかに夜だった。

「余命半年なんだな」
主語のない言い方で彼女がそう言う。
そして、泣く。
そうか!君が余命半年なら僕が死ぬまでそばに居てやる!なんて冗談みたいに意気込んだ所で、彼女は水を差す。
「お前は余命半年だ」
余命半年なのは僕だったのです。
「俺ってなんか病気なの?」
「病気なのはお前じゃない、私だ」
彼女が病気なのに、僕の余命が半年になる意味がわからない。
「私は恋多き乙女、恋してしまった相手は余命半年になってしまうという奇病を持っている」
「えっ?それで俺?」
「残念ながらクリスマスにお前の命は届かない。だから、今、祝う」

そんな経緯で僕は病院のベッドにいる。

僕の枕元で彼女は椅子に座ったままで好き放題に喋り続ける。
僕が死ぬまで喋り続ける。
「私のピロートークが世界一だってあながち嘘じゃないんじゃない?」って


2015年6月11日木曜日

自称、世界一ピロートークが上手い女友達について《前編》

思春期というやつを拗らせていたので、基本的に僕がハハノシキュウもしくは母野宮子としてやっている事は家族や友人や同級生や同僚や話した事すらなかったクラスメイトの女子に知られたくないと常々思っている。
ただ、隠し事や嘘が苦手な僕は隠し事をする時のポリグラフが揺れるような感じがとても嫌いなので、隠し事をするくらいなら最初から包み隠さず喋ってしまうタイプの人間だ。
家族はもちろんの事、ヒップホップなんぞなんの興味もない学生時代の同級生だって知ってる。僕と話した事すらない同級生たちが僕の映ってるユーチューブの画面を酒の肴に思い出話をしていたなんて話も聞いた事がある。
だから、こうやって好き放題に随筆を書きたいのにあの人には読まれなくないなとか、母親が欠かさずチェックしていたらとか考え出すとどんどんつまんない文章になってしまう。
リベンジポルノで捕まった大学生が「どうせ誰も見ないと思った」みたいな供述をしていたそうだ、
僕はこの文章を書きながら「どうせ誰も見ないと思ってる」
だったら好きに書けばいいだろう?なんて思う人がいるかもしれないが、後ろめたい事があるとかじゃなくてただ単に気恥ずかしいから自由に書けないのだ。
こんな事言ってちゃ、ラッパー失格だ。
内向的なリリックを書くのは好きだけど、私的なリリックを書くのは苦手なのです。
両方書けてこそのリアリズムだ。
蛇足だけど、あえて両方書かないのがポップスだ。

小学四年生から卒業までの三年間だけ同じクラスで、中学から別々の学校に通った友人がいる。
最後に会ったのは成人式の時で、共通の話題もないしこの先の人生で関わる事はないと思っていた。
まあ、こんな具合に実在の人物を召喚して、本人に読まれたら恥ずかしいなと思ってしまうわけですよ。
そんな彼は素晴らしく才色兼備(この四字熟語は女性を褒める時に使われる言葉だが彼は女性のような顔をしているため、ここではあえて使用した。まあ、つまりイケメンというやつだ)で僕の物差しで言うと、何かで天下を取れるタイプの人間の象徴みたいな奴なんだけど。
まあ、結論から言うと彼と再会して軽く居酒屋で飲み交わしたわけです。
急に彼からメールが来て、話を聞くとたまたま歩いていけるくらい近所に住んでいたから、飲みに行こうって話になったのですよ。
思春期を拗らせている僕からすれば、そのノスタルジーからできるだけ逃げたいわけで、彼が駅に現れるまでのあいだの緊張感はほんとエムシーバトルの一回戦先攻並だった。
実際に顔を合わせてしまえば割と話せるもんだけど、大体の久しぶりに会う人を相手にする時は最初に長髪で深くキャップを被っている見た目の説明から始めないといけない。
「こんな見た目でも大丈夫な会社で働いてる」と僕は答えた。
「俺、じつはラッパーなんだ」とは言えていない。
僕は酒を飲むと自分の話をする方が楽しくなるタイプなので、できるだけ話を聞くモードを心掛けるようにした。
僕みたいな引っ込み思案な人間ですら自分の話をしたくなるのだから、ほとんどの人間は自分の話をしたがっている筈だと僕は思っている。そのため、村上春樹小説の一人称の主人公みたいな気分で話を聞く側に立とうと構える。
大学四年生編までは僕の三角定規で言うところでエリートコースで、彼はそれなりの企業から内定をもらっていて順風満帆だった。
彼にこの文章を読まれた時の事を念のため考慮して、一行で終わるくらい端的に説明すると、「内定を蹴ってお笑い芸人を目指して挫折した」と彼は言っていた。となる。
このタイミングしかねぇ!と僕は暖めていたパンチライン。
「俺、じつはラッパーなんだ」を鮮やかな口調で切り出した。
この時、僕ら二人の間には二十四時間テレビが二十四時間かけても僕に伝えられなかった『絆』という感情が芽生えたのだった。
僕はハハノシキュウという恥ずかしい名前でラップをしてて、作品を幾つか世に出していて、今流行ってるエムシーバトルってやつでもまあまあ知名度を持ってると説明した。
アフロディーテファンクラブの『しらきや』という曲が頭に浮かびそうな気分で、鳥貴族の空気を吸っていると、隣のテーブルに金髪混じりの若者たちが向かってきてるのが目に入った。
なんか松本大洋の漫画に出てきそうなヤンチャな連中だなと思っていると、僕はアクエリアスの『ココ東京』のフックを歌うスウォードばりに面食らっちまうのだった。
「あれぇ?ハハノシキュウさんじゃないすか?写真撮らしてもらってもいいすか?」
「自分もシキュウさんの真似して自分のキャップを作ったんすよー」
とエムシーバトルってやつでもまあまあ知名度を持ってる僕に若者たちが話しかけてきたのだ。
写真がひと段落して、僕の前に座っているお笑い芸人を挫折した友人が「お前ってすげーんだな」と染み染みとした口調で言ってきたのが妙に印象的だった。
そんなシチュエーションを経験した事なんてないから印象的なのは当たり前か。

長くなってしまったがここまでが前口上。『愛のむきだし』で言うところの満島ひかりと出会ったあたりだ。

「最近、小学校の奴と会ったりしてんの?」と僕が聞いた所からそれは始まった。
彼は聞き覚えのある四人の名前を順番に並べた。
「なんでそうなったのかわかんねぇんだけど、定期的にその四人の女子会に参加する事になってる」
その四人というのは全員女子なのである。
しかも、中学に上がってから話せなくなった割と男にモテていた子たちだ。僕の中のヒエラルキーに視点を置くと見下げる側ではなく確実に見上げる側になってしまうようは子たちだ。
僕は中学高校と気軽に話せる女友達が一人もいなかったため、唐突に名前を聞いたリアルが充実してそうな四人と定期的に遊んでる彼をボーイズオンザランさながら羨ましく思った。
浅野いにおの漫画にすら登場できない程度の青春だった僕の自尊心は、青春を取り返しに行く妄想を始めた。
「今度集まるっつったら来れば?」
僕が妄想を始める前に彼がそんな事を言うもんだから、「まあ、行けたらね、話す事ないけど」なんてブサイク男子の真骨頂みたいなフレーズを炸裂させてしまい、とても恥ずかしい気持ちになる。
中学高校と同年代の女の子と気軽に喋れなかったせいで、今なら酒の勢いと粋なライムトークでなんとか話せるんじゃないかと意味不明な自信に辿り着く。
青春を取り返しに行く。
そんな妄想がほんのちょっとのリアリティーを持っただけで、やけにラズベリーブルーの草原に出たくなる気持ちに陥る。
ちなみにそんな女子四人はもう女子なんて呼べる年齢ではなく(僕と同い年なんだから当然である)
全員未婚で色々とくすぶっているらしい。
僕はこう見えても既婚者なので、とりあえず勝った!と意地悪く心の中で思ってやった。
僕の拙い文章によるこの心理描写が果たして他人様に伝わったのか、まるで想像すらできないが、なんとかしてこの感情をまとめると。
小学生の頃は割と普通に女子と話ができてた僕が、中学に上がってからはまるで話せなくなったという事実を背景に、当時からヒロインヒロインしていた女子たちと再会していざ話をできるとしたら僕はどうするだろう?って話だ。
イケメンの彼はそんな僕をよそに「彼女が欲しい」とか言ってるし、隣ではハハノシキュウを知ってる若者たちが若い酒の飲み方で暴れているし。
結局、その日以来、彼と連絡を取り合ってないし女子会の誘いだって一切ない。
でも、それくらいでちょうどいいと思う。
AmazonでエムシーバトルのDVDを買おうかどうか悩んでる時間が一番幸せなのと同じように。

ここでこの随筆が終わったと思ったら残念賞。
今はまだShing02の緑黄色人種で言う所のディスク1を聴き終わった所だ。